レイクサイド
著者
東野圭吾
出版社
実業之日本社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2002/03/25
ISBN4−408−53413−7
あなたはこの真相にたどりつけるか!? 待望の書き下ろし長編本格サスペンス!

私立中学受験を控える子供たちの勉強合宿のため、姫神湖畔の別荘地に集まった四組の家族と塾講師。遅れて参加した並木俊介を追うように、彼の不倫相手・高階英里子が現れる。ところが数時間後、英里子は変わり果てた姿になって、別荘の一室に横たわっていた。そして俊介の妻が犯行を告白する、「あたしが殺したのよ」と。動揺する俊介を尻目に他の夫婦たちは犯行の隠蔽をたくらみ、英里子の遺体を姫神湖の底へと沈めるのだが──。
東野ミステリの魅力と本格ミステリの醍醐味を満載した、待望の長編書き下ろし本格サスペンス!

 

 

あなたはこの物語の“真相”にたどりつけるか!?

 シリアスな犯罪小説、スポーツや学園を題材にしたミステリーから、ユーモア小説、本格推理のパロディ小説に至るまで、つねに多様なジャンルへの挑戦を続けてきた東野圭吾の待望の新作が刊行されました。本書は、中学受験を控える子供たちの勉強合宿で湖畔の別荘に集まった四組の家族が「殺人」というアクシデントに翻弄される姿を描いたもの。なぜその殺人は起こったのか、登場人物たちはどのような思惑を秘めているのか。東野ミステリの魅力と本格推理の醍醐味を満載した意欲作です。
 また、今年1月に復刊された『交通警察の夜』も好評をいただいています。日夜絶え間なく発生する交通事故の背後に渦巻く人間模様と、原因究明に全力をつくす交通警察官の姿を活写した連作サスペンス集で、著者デビュー5年目の89年から91年にかけて書かれました。復刊に際して本書では、交通警察シリーズの創作秘話を披露する著者自作解説「十年ぶりのあとがき」を特別収録。東野ファン必携の1冊です!

第一章

汚れた綿のような雲が前方の空に浮かんでいた。雲の隙間には鮮やかな青色が見える。
並木俊介は左手をハンドルから離し、右の肩を揉んだ。
さらにハンドルを持つ手を替え、
左肩を揉む。最後に首を左右に振るとポキポキと音がした。
彼の運転するシーマは、中央自動車道の右側車線を、制限時速よりちょうど二十キロオーバーで走っている。
ラジオからはお盆の帰省による渋滞情報が流れていた。例年に比べてどこも渋滞は少ないという意味のことを伝えている。
高速道路を下り、料金所を出たところで携帯電話を取り出した。
信号待ちの間に、登録してある番号の一つを選んだ。
登録名が『ET』というものだった。
かけてみたが、相手の電話は留守番電話サービスに切り替わった。
彼は舌打ちをし、携帯電話をズボンのポケットに戻した。
力ーナビゲーションシステムの画面を見ながら、しばらく一般道路を走った。
やがて車は林に挟まれた一本道に入っていた。
道は緩やかなカーブを描いており、木々が途切れたところには小さな美術館やレストランが並んでいた。
それらの建物は、いずれも異国風の酒落た形をしている。
姫神湖別荘地まであと何キロと記された看板が現れた。
俊介は、ふっと吐息をついた。
看板に表示された残り距離数が少なくなり、最後の看板には、『姫神湖別荘地ココ左折』とあった。
彼はハンドルをきった。
紺色のシーマは森に囲まれた小道に入った。
別荘地内には細い道が迷路のように走っていた。
別荘はさほど密集していない。
深い森の中に、ぽつりぽつりと建物が見える程度だ。
道の脇に小さな空き地があった。
そこには三台の車が並んで止まっていた。
シルバーグレーのベンツ、紺色のBMW、そして赤のワゴン車だ。
三台とも道路側にテールランプを向けている。
俊介は自分の車もその空き地に止め、後部座席に置いてあったバッグと白のジャケットを持って外に出た。
ドアを閉めてから、ジャケットを羽織った。
空き地のすぐ横に、下におりる階段があった。
その先に焦げ茶色をした建物が見える。
周りには森が広がっており、別荘は緑の海に沈んでいるようだ。
大きな石を適当に並べただけのような階段を下りようとした時、かすかに女の声がした。
彼は声のしたほうに顔を向けた。テニスコートが見えた。
俊介はテニスコートに向かってゆっくりと歩きだした。
金網に囲まれたコートには四人の男女がいる。
二対二の、いわゆる混合ダブルスで楽しんでいるようだ。
金網の近くに立ち、彼はそれまでかけていたサングラスを外した。
手前に男女の背中が並んでいる。
向こう側チームのサービスらしく、細身の女がラケットでボールをバウンドさせながらコートの端に立った。
ボールを投げ上げようとした時、彼女の視線が俊介を捉えて止まった。同時に彼女の動きも止まった。
その様子に気づいたか、他の三人の男女も一斉に彼を見た。
「ちょっとすみません」
彼女は皆に声をかけると、ラケットとボールを持ったまま、コートの外側を回るようにして俊介に近づいてきた。金網を挟んで二人は向き合った。
「意外に早かったのね」彼女は少し息を弾ませていた。
「仕事が早く片づいてね」
他の三人もやってきた。
「御主人?」小柄な女が訊いた。
丸顔で化粧が濃い。
ええ、と細身の女は頷いた。
「並木です」俊介は頭は下げた。
「いつも美菜子と章太がお世話になっています」
「いやいや、それはお互い様です」五十歳前後に見える男がいった。
頭に白いものが目立っている。
金縁眼鏡をバンドで留めていた。
「私、藤間といいます。で、こいつは家内の一枝です」


 

 

 

 

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