もう消費すら快楽じゃない彼女へ
著者
田口ランディ
出版社
幻冬舎文庫/幻冬舎
定価
本体価格 571円+税
第一刷発行
2002/02/25
ISBN4−344−40197−2
言葉にしたとたん、現実は姿を変える。

池袋路上通り魔事件、TOSHIの洗脳、酒鬼薔薇聖斗事件、林真須美事件、野村沙知代問題、オウムなど、世の中を騒がせた社会現象の実相とは?そして微妙なバランスの上で成り立っている現実世界の柔軟性の本質とは?普通より少しだけ変わった人たちの哀しくも愛おしい姿に共感しつつ、それでも変わらぬ日常のリアルの数々を綴る名コラム!

 

ゴミを愛する人々

新宿で飲んでいて、またしても最終を逃した。
私は神奈川県の湯河原町という田舎に住んでいる。温泉は近いが東京は遠い、仕事で東京に出て飲むと必ず飲みすぎて最終を逃してしまう。
そういう時は朝までカラオケなのだが、あいにくとその日は一人だった。
一人でも飲みに行くほど酒好きだということだ。
新宿のゲームセンターで暇つぶしをしていたら、一人のホステスと知り合った。
お互い連れがいなかったので、二人でゲーム対戦したのだ。
それから意気投合して私の行きつけのバーに行った。
午前三時を過ぎた頃、彼女が私に言った。
「あたしの部屋に泊まれば?」
彼女の部屋は東中野だという。
それじゃあ、ってことになってタクシーで彼女の部屋へ行くことになった。
さすがに私も疲れてきて横になりたかった。
もう一〇時間近く飲んでいるのだ。
「散らかってるけど、ごめんね」
直ちゃんは、そう言って二階建てのアパートの階段をカツカツ上っていく。
私も後に続いた。
直ちゃんは"いかにも新宿のホステスさん〃って感じの子(ドドメ色の口紅と爪、茶髪のレザーカット、黒のレースのタンクトップ)で、丸顔色白、もちろん声は煙草の吸いすぎでハスキーボイス、年は二四歳ってことだった。
部屋には誰もいないのに電気がついていた。
ドアを開けると半畳ほどの玄関にうずたかく積まれているのはコンビニの袋に入った無数のゴミだった。
そのコンビニの袋のゴミは玄関から部屋に続く狭い通路をびっしりと埋め尽くし、さらに奥の部屋のいたるところに転がっていた。
直ちゃんは「まったくもう!」とか言いながら、そのゴ
ミ袋を足で蹴散らして、サンダルを脱ぎ捨てると「どうぞ、どうぞ」と私に手招きする。
入っていって驚いた。だってその部屋はほとんどゴミ捨て場と化していたんだよ。
ゴミと洋服、それしかないんだ。
大量のゴミと洋服!六畳一間のそのアパートのベッドの上には無造作に派手な洋服が積み上げられ、ベッドの下はゴミだらけ、テーブルのヒは食い残したコンビニの食べ物の残骸で埋っていた。
「なんか忙しくて、なかなかゴミが捨てられないのよね」
そう言いながら直ちゃんは私のためにゴミを寄せてスペースを作ってくれた。
正直言って、その部屋はちょっと臭かった。
「よくぞここまで、ゴミをため込んだわよねえ」
私はゴミの中に体を小さくして座り、部屋を見回した。この部屋には食器とか料理器具とか、そういう生活に必要なものはほとんどなかった。
あるのは洋服とゴミなのだ。
以前、ニュース番組で「ゴミを拾い集める老婆」という特集を観た。
その老婆は自分の住んでいる一軒家の庭先に大量のゴミを放置していた。
そのゴミを、なんと老婆はゴミ捨て場から拾い集めてきていたのだ。
ゴミは庭を完全に埋めつくし、ついには老婆の自宅の戸はゴミの山によって開かなくなった。
近所からは「臭くてたまらない」という苦情が殺到。

区の職員が捨てるように説得に行っても老婆は決して話し合いに応じない。
庭にあるゴミは財産と見なされるので行政が勝手に処分することはできないらしい。

本文(P.11〜13)から引用

 

 

 

 

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