ツインズ 世界の終わりという名の雑貨店 続
  淋しかった。一人で。貴方が目の前に現れるまで。淋しかった、一人で。ひたすらに孤独だった。 処女作を越えた、究極の愛の物語! 感動の声を集めた「世界の終わりという名の雑貨店」 から1年、著者が全身全霊を傾けて書き下ろした続編です。  
著者
嶽本野ばら
出版社
小学館
定価
本体価格 1400円+税
第一刷発行
2001/12/01
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ISBN4−09−386084−X

君がこの世界から肉体を消滅させてから、もうどれくらいの季節が流れ過ぎていったのでしょう。
どんな悲しみも時間によって薄らいでゆく、痛みはやがて美しい想い出となって心の奥底に横たわる、人は皆そういいます。
だけれども僕はまだ、君のことを、君と過ごした短い日々のことを過去として整理出来ずに毎日を暮らしているのです。

ええ、それでも少しは混乱から立ち直りはしました。
しかし悔恨の念は決して弱まることがないのです。
君を救うそんな立派なことは出来やしなかったでしょう。

僕は誰かを救う力たど微塵も持ち合わせてはいやしないのです。
けれども、僕は何かを為すべきだったのです。
その行為がたとえ間違っていても構いはしなかった。

僕は全身全霊を賭けて僕を求めた君を、一瞬たりとも手放してはならなかったのです。
幼稚ともいえる夢物語のような恋が永遠のものではないことを、何処かで僕は悟っていました。
何時しか終わりが来ることを僕は狡猜に予測していました。

僕達は二人して無謀にも海の彼方にある王国を目指して泳ぎ始めました。
幾日も泳ぎ続け、僕達はやがて体力を消耗させてしまいました。
目指す王国は全く姿を現さない。

それでも君は前へ進もうとしました。
僕は追いかけねばならなかった。
しかし、僕は泳ぎだす前に自分の身体に浜辺から絡いだ長い長い命綱をこっそりとつけていたのです。

命綱は長さが限界に達し、僕の身体はもう先に進めたくなってしまいました。
僕は命綱をほどき、体力の限界がきているにも拘わらずまだ泳ごうとする君に追随するべきだったのです。
それなのに僕は命綱を外さたかった。

やがて君は僕の眼の前で溺れていきました。
君を助けなければ─。
でも君の身体はもう僕の身体から遠く離れていました。

命綱をつけた僕の手は君に届きませんでした。
誰も溺れる君を助けられなかった僕を責めはしませんでした。
自分だけが命綱をつけていたことすら狡いと罵る人はいませんでした。

君は知っていたのでしょうか。
僕が命綱をつけて海を泳いでいたことを。
今になって思うのです。

君はそのことをちゃんと知っていたのではないかと。
そして僕が命綱の伸び切る距離迄しか泳がないことをわきまえていたのではないかと。
それでも君は僕と共に王国を目指し泳ぎだしたのです。

君は自分のことをとても臆病だといいましたね。
確かに君は臆病だったかもしれない。
でも君は自分の臆病さと対時し、その鎖を断ち切ったのです。

泳ぎだす前、君も命綱をつけようと思ったかもしれません。
しかし君は命綱をつけませんでした。
命綱をつけていては目指す王国迄辿り着けないからです。

君は王国があることを信じて勇気を振り絞りました。
僕は王国を目指しながらも王国の存在を信じてはいなかったのです。
王国はあったのかもしれない。

勇気さえ持てば王国は見つけられたのかもしれたい。
大人びた臆病さ故に僕は君を失いました。
多分、君は僕が繊悔することを望んではいないでしょう。

僕も君への繊悔は必要ないと考えます。
戯悔は過去を清算する為の手段です。
僕にとって君との日々はまだ終わりを迎えてはいない、君の死は僕にとってかつて経験した出来事ではないのです。

今も君と過ごした日々は僕の暮らしの延長線上にある。
君の死は色裾せることがない。
僕はこれからもずっと君を抱えて生きていきます。

ねえ、君。君と一緒に過ごしたあの激しい日々にも増して、僕は君を今、近くに感じます。
愛しく思います。
懺悔をすることはしない。

でも後悔をすることは避けられません。
どうして君を死なせてしまったのでしょうね。
生きてさえいれば、たとえ束の間離れ離れになったとしてもまたやり直すことが出来たのに。

死んでしまった者と生きている者の間に横たわる河の幅は決して広くない。
僕には対岸に立つ君の姿がはっきりと見えます。
それたのに河を渡ることは出来ない。

一番大切にしなければならないものは何か、一番かけがえのないものは何か、どんなことを犠牲にしても守らなければならなかったものは何かを、僕は何故、もう少しだけ早く気付くことが出来なかったのでしょうか。

 

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