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Pの密室
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著者
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島田荘司 | |||||
出版社
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講談社NOVELS/講談社 | |||||
定価
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本体価格 800円+税 | |||||
第一刷発行
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2001/11/05 | |||||
ISBN4−06−182220−9 |
1 御手洗潔に関する事件なら、大小や難易度を問わず、幼稚園時代のものでも、託児所に預けられていた頃のものでも、なんでもいいから話せという読者の声が近頃とみに大きくなった。 そんなことを言われても、そんな大昔のことなど私は知らない。 これは私にも、まったく予想外のことだった。むろんこのエピソードを教えてくれた人は、ある程度世間に名を知られるようになった今の御手洗を意識して、話に多少の粉飾を加えているかもしれない。 これを見れば、御手洗という男は、よくよく生まれついて刑事捜査に手を染める運命にあったことが知れる。 おとなの世界に起こった、それも警察がらみの本格的なトラブルであり、かなり喜劇的な要素はあるものの、新聞沙汰にもなった大事件であった。 真相は幼稚園児のキヨシ君だけが知っているわけだが、というよりもこの謎を謎のままに捨ておいたのは、おとなびたこの園児自身であったらしい。 御手洗の仕事の紹介に手を染めてほぼ二十年、私自身まさかこんな原稿を書くことになろうとは夢にも思わなかった。 この種の読者の要望に対しても、今回はある程度お応えができるであろう。 御手洗が馬車道からいなくなったことはもう日本中に知れ渡ったので、質素な私の部屋のドアを叩く者もいなくなった。 あれは平成九年の十一月末のことだった。横浜は早くも本格的な冬に突入したような寒い日で、私は一日中でもベッドに潜っていたい気分だったのだが、彼女から電話があり、出ると、例によって弾んだ声が聞こえた。 こういう彼女の明るさを私は楽しんではいたが、昨年英語学校に連れ込まれて以来、多少警戒する癖もついていた。 私としてはいつも元気でいるつもりなのだが、若い彼女からは死にかかっているように見えるらしく、たいていこう訊かれる。 「え、大ニュース……」 里美とのつき合いが厚くなり、生活のかなりの部分を占めるようになってきたので、今里美に去られることを考えると、欝病になりそうだった。 「大ニュース」という言葉と、嬉しくてたまらないような彼女の弾んだ声を聞き、真っ先に連想したものはそれだった。 |
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