ウォーターボーイズ
 
  唯野男子高校・水泳部の部員は、鈴木ただ一人。そんな水泳部顧問に新人女性教師・佐久間が就任したところ、一気に入部殺到!しかし、彼女のやりたい競技はシンクロナイズドスイミングだった。「男のシンクロ」に部員は恐れをなして、五人だけが取り残される。そして、ついに文化祭で発表する羽目に……。オカシくて、最後は泣けちゃう青春シンクロストーリー  
著者
矢口史靖
出版社
角川文庫/角川書店
定価
本体価格 438円+税
第一刷発行
2001/8/25
ご注文
ISBN4−04−360601−X

県営プールの水泳競技場。
初夏を思わせるような日差しのもと、埼玉県の高校水泳大会の男子自由形100メートル予選が行われている。

「第4のコース。大塚君、片浜西高校。第5のコース。家氏君、牧の原高校。第6のコース。山畠君、川津高校……」
会場に響き渡るアナウンスの中、唯野男子高校のただひとりの水泳部員の鈴木が緊張した表情で、飛び込み台に立った。

「第7のコース。鈴木君、唯野男子高校。第8のコース……」
飛び込み台に並んだ選手たち。

「よーい」
声とともに緊張が広がり、乾いたスタートの合図が響いた。

派手な水しぶきと、音を立てて10人が一斉にプールに飛び込むと同時に、観客席からは、それぞれの高校の選手を応援する声が、重なりあって水面に向かい飛ぶ。
鈴木がー00メートルを泳ぎきり、ゴーグルを外し横を見た。

まだ誰もいない。
「うそっ」

1位だ!
思わず笑みをもらす鈴木の頭上から、「早く上がれよ」と、無情な声がかかる。

「え?」見上げると、次の選手が体を解しながら待っていた。
コースを振り返ると、そこには誰もいなく、静まり返った水面があるだけだ。

ガックリと肩を落とし、誰もいないのを見計らって更衣室に戻った鈴木は、更衣室に続いたシャワールームに行き、シャワーのコックをひねった。
ふがいなさに涙がたまってきた。

足元を見つめたまま流れていく水を見ていると視界の隅を黒いものが動いている。
何となく目を向けるとゴキブリがまるで鈴木を無視するかのように平然と足の上を通っていく。

「ひえっ」
のけぞると同時にシャワーが熱湯になり降り注いだ。

「ぎゃー」
あわてて後ろに飛び退いたが、水に濡れた床に足をとられて転び、テーブルの角に頭をぶつけた。

あまりの情けなさに、そのまま壁にもたれてうずくまると、涙がこぼれてきた。
シャワーの流れる音の中に小さな鳴咽が混じりシャワールームに響く。

プールからは水を切る音とそれをかき消すほどの応援の声がしている。
高校生最後の大会をダントツのビリという結果に打ちのめされた鈴木は、身支度も中途半端に逃げるように競技場を後にした。

シャツをズボンの中にしまいながら、誰とも顔を合わせないようにうつむいて会場の表を歩いていると、地面に奇妙なモノが落ちていた。
しばらく見つめたり、いじったりするうち、何となく鼻につけてみたくなった。すると隣の競技会場から華やかな音楽と歓声が聞こえてきた。

誘われるようにふらふらと歩 いていくと、屋内プールに黒山の人だかりがある。
その後ろから、窓越しに覗いてみた。

『べートーベン交響曲第9番』に合わせて、回転しながら水中へ沈む女性の足。
華麗な演技。
観客の声援。

その会場では、シンクロナイズドスイミングの大会が行われていたのだ。
演技をする彼女たちの鼻には、鈴木が鼻につけているのと同じモノがはめられている。
鈴木の目は釘付けになり、興奮のあまり鼻息でノーズクリップがふっ飛んだ。

 

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