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冷静と情熱のあいだ rosso
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著者
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江國香織 | |||||
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出版社
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角川文庫/角川書店 | |||||
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定価
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本体価格 457円+税 | |||||
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第一刷発行
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2001/09/25 | |||||
| ISBN4−04−348003−2 | ||||||
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阿形順正は、私のすべてだった。 第一章 怖い夢をみた。 声には私の行動などすべてわかっているのだ、と、私にはわかる。 私は怖くてふりむけない。 目がさめて、しばらくじっと天井をみていた。部屋いっばいに生息している夜の闇。 目がさめても、体のあちこちになまなましく感触が残っている。 足先をのばし、シーツのつめたい部分に触れてみる。 ベッドからおりて、ビーズ刺繍つきの赤いサテンのチャイニーズシューズに両足をつっこむ。 とても生きた人間の足とは思えない、と。 チャイニーズシューズは足音がたたないので便利。 すべて収まるべきところに収まり、清潔に磨きあげられた台所。 私は下をむき、自分の足と、床の大理石の模様を眺める。 どこいってたの、と、ねむたそうな声で訊く。 あたたかな場所。 マーヴはすでにもう寝息をたてていて、私は身動きができない。 昼下りのカフェの賑いは、この街で私の苦手なものの一つだ。 「ママがあなたにすごく会いたがってるの」ダニエラが言う。 「勿論パパも弟もよ。最近ちっとも顔をみせてくれないんですもの」 そのコーヒーに一袋すっかり砂糖を入れ、スプーンでかきまぜたがらダニエラは言った。 私は返事ができない。 豊かな上半身に比して不釣合なほど細い顔の持ち主でもある。 「さあ」私はわずかに笑ってみせる。 もっとも、一カ月のうち半分以上はローマだのヴェネッィアだのにでかけて留守だったのだけれど。 ぽっちゃりした上半身と、品のいいお嬢さんふうの雰囲気のせいで、このひとは実際の年齢よりも若くみえる。 「なぜ?」私は首をかしげた。 金色のネックレスがコーヒーカップに入りそうになる。
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