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冷静と情熱のあいだ
Blu
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著者
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辻仁成 | |||||
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出版社
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角川文庫/角川書店 | |||||
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定価
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本体価格 438円+税 | |||||
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第一刷発行
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2001/09/25 | |||||
| ISBN4−04−359901−3 | ||||||
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第一章 この街はいつだって光が降り注いでいる。 霞のような雲はまるで塗り残した画用紙の白い部分みたいにその空の中を控えめに漂い、風や光と戯れるのを喜んでいる。 天才建築家ブルネッレスキによって掛けられた半球状の円蓋クーポラは、スカートを膨らませた中世の貴婦人を見るようで微笑ましい。 仕事が終わって先生のアトリエを出た時に、ポンテ・ヴェッキオの先に、夕焼け色に染まるドゥオモのクーポラを見つけると、なぜだろう、安心するんだ。 それはぼくがこの街に来てまだ一度もドゥオモに登ったことがないわけと同じ。 人はどうして出会ってしまうのだろう。 「ブルネッレスキの建築って、すばらしい!そうおもいませんか」ほとんどの人々は片言のぼくのイタリア語に驚き、東洋人であるところのぼくの怪しげな笑顔に圧倒され、視線も合わせずにその場から立ち去ってしまう。 「あなたって人は、場所もわきまえないで、わたしをこまらせる冗談ばかり」 「順正は変わっている。変わっているところが好き」 忘れようとすればするほど人は忘れられなくなる動物である。 忘れてしまったことさえ思い出さないのが普通。 ところがあれから五年もの歳月が経っているというのに、忘れさろうとすればするだけしっかりとあおいの思い出は記憶されてしまい、ふとした瞬間、たとえば横断歩道を渡っている一瞬や、仕事に遅れそうで走っている最中、酷いときは芽実と見つめあっている時なんかに、亡霊のようにすっと現れ出てきてぼくを戸惑わす。 忘れられない異性がいるからと言って、今が不幸なわけではない。 ましてやあおいとの恋の復活を願っているわけでもない。 喜ぶだって? 人間には必ず、別れなければならない時がある。 ぼくはもう彼女は死んでしまった、 世界の美術品の三分の一はイタリアにあるといわれている。 ここには世界で最高水準のレスタウラトーレ(修復士)が大勢いて、例えばぼくの先生だって、油彩画の修復にかけては第一人者なのだ。
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