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赤きマント
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著者
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物集高音 | |||||
出版社
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講談社NOVELS /講談社 | |||||
定価
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本体価格 740円+税 | |||||
第一刷発行
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2001/10/05 | |||||
ISBN4−06−182203−9 |
赤鴉荘の夕べ 夜灯が侘しい。 冬至の候、人恋しい歳末の宵である。 湯立坂を下った。 右手は小石川植物園である。 植物園の大柳が木枯らしに揺れ、おいでおいでをする。 棕櫚や椰子が人影じみて変に恐い。 と云うより、酷く忙しなかった。 腹立たし気に吐いた。 相当に短気らしい。 眦は吊り上って、顎も尖った。 一応の美人と云えた。 無論、それを愛らしいと云ってくれる物好きも、決してないではなかった。 たとえ知ったからとて、手術を受ける心算も、温和しくする心算もあるまい。 世間を睨んだ。 60〜70年代のサブカルチャーを知る世代でもある。 表札が掛かった。 坑道ばかりに狭い路地があった。 坂下に団地があり、各戸、皓々と灯りを燈した。 英国風のクラシック様式だ。 但し、三階建てだった。 バロックの華やかさはなかった。 端正な印象を齎した。 重々しかった。 扉は鉄板に縁取られ、愛想がなかった。 呼び鈴を鳴らした。 女が名乗った。 華美とも云うまい。 そこかしこに封じられた時間が見えた。 絨毯の毛玉に。 時は挨や塵と違う。 手伝いが心得顔に応じた。 相見とは古本屋だ。 女はそこで中井や澁澤の初版本、『リラダン全集』や『血と薔薇』、レミの『魔法孜』やボダンの『悪魔慧きと妖術使い』、グアッツィオの『魔女大要』を購った。 だが、女が「月波堂」以外で古書を求める事はない。 あれば買うが、なければ買わない。 趣味道なのである。 広間へ入った。 意匠は表現派風に奇を街った。 絨毯は亀甲だった。 円と曲線を排した。 父を敬した。 不自然に映った。 男が三人だった。 新聞を読んだ。 向うも気が付いた。 六十代の禿頭だった。 客の人品を検めた。 眉もげじげじだった。 英国式の三つ揃いだった。 愛想よく笑った。 「ところでェ〜、おたくさァ〜、何をォ〜、蒐めてるのォ〜? ぼ、僕はァ〜、《欺瞞》だけどォ〜」眼鏡の肥大漢が割り込んだ。 身体に似合わぬ甲高い声を発した。 返答に窮した。 「儂はな、《色欲》を蒐集しとるよ」と、和服。 声が出なかった。 女は手近な肘掛け椅子に座った。 「いいかね、この会、『第四赤口の会』は、ああ、赤口と云うのは知っているな?さよう!六曜の中で最も不吉の日だ。ここでは、皆、何かしらの蒐集家だ。またそうでなくては、『奇し物』を持ち来る事も叶うまい。儂は下間化外なる老書生だが、人間の色欲を蒐めておる。いいかね?色欲の蒐集とは、即ち、性愛の様々な形を知ることに他ならぬ。端的に申せば、売笑史となる。花柳史でもある。判るな?では、今一度問おう、君は何を蒐めている?」彼らの謂いは文飾だった。 一種の暗楡だった。
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