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氷雪の殺人
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著者
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内田康夫 | |||||
出版社
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JOY NOVELS / 実業之日本社 | |||||
定価
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本体価格 838円+税 | |||||
第一刷発行
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2001/09/25 | |||||
ISBN4−408−50385−1 |
プロローグ 冷たい缶コーヒーで乾杯して十五分か、せいぜい二十分ほど歩いたときに、富沢は異常を感じた。 こんな状況で眠くなるはずがない─と理性は判断している。 「ちょっと、疲れたみたいです。休ませてください」回りの悪い舌でそれだけ言って、登山道脇に尻を落とした。 天地がグルッと回転し、ブッシュがスローモーションのように視野いっぱいに迫った。 何が起ころうとしているのか、富沢は朦朧とした意識の底で覚悟した。 なぜそう感じたのかは説明がつかないが、富沢にはこうなる予感が確かにあった。 だから、生きた証を残すように、万一のためのメッセージを残してきたのだ。しかし理性では、予感や不安は愚かしい妄想だとしか思えなかった。 もはや引き返すことのできない、最悪のシナリオが実現しつつあるのだ。 拭おうとする意志はあったが、腕が思いどおりに動かない。 居眠り運転の前兆のように、目を開けているにもかかわらず何も見えていない状態だった。 夢の中で彼らは笑っていた。 体がフワッと浮き上がって、しばらく空中を漂ったことと、その後の暗黒の地獄の底に落ちてゆく感覚は、すでに幻覚の中にあった。
男が入館したとき、展示ホールにはほかに客の姿はなかった。 カルチャーセンターが完成したときに、ちよえは町の職員である父親に勧められ、稚内の小さな会社を辞めて島に戻り、センターに勤めることになった。 それでも、シ.ーズンオフやウィークデーなど、ひまは十分すぎるくらいある。ちよえはひまにあかして、展示ホールを飾る小物類をずいぶん作った。 仕事が好きだったし、給料の安さも我慢できないことはなかったのだが、このところの不況で会社そのものがピンチになった。 高さ四十ニセンチ、幅四十センチ、奥行き七センチのケースに、百個の引出しを嵌め込んだ大作だ。
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