男だけの育児
 
  全米でベストセラー ブック・オブ・ザ・イヤー受賞  ゲイ カップルが問う本物の親になる方法。  
著者
ジェシ・グリーン
出版社
飛鳥新社
定価
本体価格 1800円+税
第一刷発行
2001/06/17
ISBN4−87031−465−7

「死にそうだよ」電話の向こうから、聞き覚えのある妙に陽気な声が飛び込んできた。
「でも、オルは、主役を張っているんだぜ ! 見に来ないか」
私は、約20年間、このトリップからなんの連絡も受けていなかった。

高校時代には、学年が離れていて、親友とまではいかなかったが、いつもつるんでいる仲間のひとりではあった。
私は、彼にミュージカルの手ほどきをしたことがあったし、彼の家で食事をしたこともあった。
だが、たとえば、私たちが好きになった相手について話したことは一度もなかった。

たぶん、それは、同じ男を好きになることが多かったからだと思う。
ただ、彼は、私と違って、好きになった男をほぼみんなモノにすることができるタイプだった。
トリップは、いかにも自分がゲイだということがわかるふるまいをしていたので、自分が好きだということを相手に伝えることができ、また、かなり美形だったので、その手ごたえも十分にあったのだ。

何しろ背が高く、まつ毛は長く、体が締まっていてカツコよかった。
私は、トリップと話しながら、電話の向こうにいる彼のイメージを思い出しているうちに、対照的なマークのことが頭に浮かんだ。
トリップが、演劇を決してあきらめずに続け、とうとう大恋愛をしたのに対し、マークは、演劇をあきらめて編集者になり、大恋愛もままならぬまま、エイズに倒れていた。

ただ、トリップもその大恋愛に「破れて」いた。
トリップは、恋人とロングアイランドの東はしにあるモンタークのすてきなビクトリア風の家にいっしょに暮らしていたが、その恋人は、少し前にエイズで亡くなっていたのだ。
トリップも感染していて、今も、体調がよくなかった。

彼の言葉を借りれば、彼は、まだ「死んでいない」。
彼は、これから数週間サザンプトン大学で公演される騎異手竜』という題の演劇の制作において、中心的な役割を果たしていた。
「ずいぶんオマエに会ってなかったよな。体調のことを考えると、また会えるかもしれない、なんて考えてもみなかったよ。おまけに劇のほうもいい作品だからさ、会場で会えたらすごくうれしいよ」彼は、私を誘い込むようにいっそう楽しげに言った。

「オレの両親も見に来るんだ」両親が見に来るのならいっそう面白くなりそうである。
劇の内容が、「息子が感染した事実と感染した経路を知って、うろたえている、フィラデルフィアの高級住宅街メインラインに住む両親と向き合うひとりのゲイ」を描いたもので、その劇で「HIVに感染している」ゲイの役を演っている、HIVに感染しているゲイの息子にうろたえている両親の隣りに座るのである。

こういう状況は、私にはお手のものだ。
私は、レンタカーを借りた。
私は、1995年の春当時は、週末に自分を夢中にさせてくれるものを探していた。
私は、ジョンと別れてから2年たっており、何かに関心を向けて楽しむ余裕など持てる精神状態ではなかった。

きつい仕事が、私の時間のほとんどを取り上げてしまい、私のきつい顔つきは、残りの時間もつまらないものにしていた。
そうした点では、私は、友人の女性たちの大半と同じ状態にあった。
ただ、ゲイである私は、彼女たちよりは自分自身に期待を持っていたけれども。

私が「上にいるスター」と呼ぶメルセデス(私のアパートの上の階に住んでいた)は、そんな私をずいぶん助けようとしてくれていた。
彼女は、私が、デートの相手を自室に招いていることを知ると、たいてい私の部屋のドアをノックしてくれた。
そして、5分間、部屋に立ち寄って、きれいなちりを妖精のように部屋中にまきちらしていってくれた。

つまり、デートがうまくいづて話が弾むように、フォローしてくれたのだ。
「う-ん、いいにおい。ジェシは、料理が本当に上手なのよ。趣味も最高。そう、あのソファーを見て!」しかし、たいていの場合、デートの相手は、メルセデスには好感を持ったが、デザートを食べるとすぐ私の部屋を立ち去っていった。

メルセデスは、禅僧のような顔つきをして、よく次のようにつぶやいていた。
「そうねえ、生徒のほうに準備ができれば、教師が現れてくるものよ」黙っていても人が寄ってくるほど魅力的な彼女なら、こう言うのは簡単だ。

すらっとしていて、しかも女性的なメルセデスは、私より人の集まるキャンパスを持っていて、夜な夜な、私たちのアパートの外には、うなり声を上げながら彼女を教え導きたがっている「教師」たちが列をなしていた。
彼女が映画で言ったセリフのなかで最も有名なものが「私にそのくそチケットをおくれよ、この脳なし!」だから、こんな人がラテン語を知っているなんて予想もできないことだった。

しかし、私が初めてメルセデスに会ったとき、彼女は、新しいアパートに入る階段を上りながら「ア・ローカス・アモイナス」という死語になったラテン語を口にした。
「言っていることわかるわよね?心地よい場所ってことよ。私がこのアパートをそういう場所にしたいってこと」彼女は、私たちのアパートの裏にある見捨てられたコンクリートの中庭をリフォームして、緑に覆われたワンダーランドにする計画を語っていた。

数か月後、彼女はそれをやりとげてしまった。
彼女の経歴が証明しているように、彼女の事態を変えようとするパワーは、ケタ外れに大きかった。
ただ、一方で、彼女は、私と同じように、自分の人生のなかであいた大きな穴を避けるように、そのまわりを慎重に一歩ずつ進んでいるように見えた。

 

 

 

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