WE’RE ALL ALONE
1
「いやよう、お見合いなんて。まだ早すぎるわ」
少しだけ開いたりビングのドアの向こうから聞こえてくるかれんの言葉に、僕は、そうだそうだと何度も深くうなずいた。
パジャマ姿のまま、立ち聞きを絵に描いたようなかっこうで廊下の壁にへばりついてから、もう何分過ぎただろう。
下がらない熱のせいで、頭がぼうっとしている。
かれんから伝染されたのか、彼女と出かけた初デートで夕立に降られたせいかは知らないが、夏風邪のひどいやつにすっかりやられてしまったのだ。
「なに言ってんだい、かれんちゃん」と、タツエおばさんの声が言った。
「早すぎるっくらいから準備しといて、ちょうどいいんだよ」タツエおばさんの正確な歳を聞いたことはないが、たぶん六十代後半くらいだろうと思う。
僕から見ると、母方の大伯母にあたる。
つまり、僕の死んだおふくろや、かれんの母親の佐恵子おばさんからすれば、伯母ってことだ。決して悪い人ではないのだけれど、何だかんだと小うるさくて、いっぺん上がり込むとなかなか帰ろうとしない。
まあ、よくいるタイプだ。
だんなさんは何年も前に亡くなったし、息子や娘はとっくに独立してしまったしで、目下の趣味は、親戚中の誰かれの世話を焼いてまわること。
特に僕にとって迷惑なのは、タツエおばさんの何よりの楽しみが、仲人だということだった。
「かれんちゃん、あんた確かもうすぐ二十三だろ?」
「四だけど、でも、」
「あらららら、そりゃ大変だ!」タツエおばさんは、ヒキガエルのうがいみたいなかラガラ声で叫んだ。
「二十五も過ぎて、その頃ンなって焦ってカスつかんだんじゃ、泣くに泣けないんだよ。ええ?」耳が少し遠いせいか、声がやたらとでかい。
こんなことなら、ひとつ置いて隣の自分の部屋で横になっていても、充分聞こえたかもしれない。
「そんなー。今どき、二十五や六で焦るなんて、おばちゃん古いわよう」と、かれんは笑った。
「適齢期なんて、人それぞれでしょう?同僚の先生も言ってたわ。結婚したいと思った時が適齢期よ、って」
「いくつだね、その先生は」
「ええとー。二十九だったかな」
「だめだね」タツエおばさんは言い放った。
「ある程度んとこを過ぎると、そうやって開き直つちまう女が多いんさ。開き直ったが最後だよ。いいかい、他人の言うことなんか鵜呑みにしちゃだめ。あたしがこれだけあんたのことを親身になって考えてあげるのは、やっぱり身内だからこそなんだからね」
「そ、それはありがたいと思っ……」
「キャリア・ウーマンだか何だか知らないけどね」おばさんは、かれんにしゃべらせなかった。
「男はやっぱり、年増よりは若い嫁さんをもらいたいもんなんだよ。悪いこた言わないから、おばさんの言うこと黙って聞いときな」
「だけどほんとに……」
「あんた、好きな男でもいるのかい?」パッとなって、僕は聞き耳を立てた。
「そ…:…それは・……」かれんが口ごもる。
「はっきり将来のことを言い交わした人がいるんなら別だけどね、そうじやないなら、いっぺん写真だけでも見てごらんね、だまされたと思って」だまされるんじゃないぞ、かれん。
「あんたにぴったりの人、選びに選んで何枚か持ってきてやったんだからさ。この中からだったら、どの人選んでも大丈夫さ。学歴・収入・身長の三高はあったりまえ。身元も確かだし、性格も保証つきだよ」保証つきって、何だそりゃ?
保証書でもあるってのか、とツッコミたくなる。第一、男の性格なんか、いったい誰がどうやって保証できるんだ?
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