蝶の舌
 
  映画とともに味わう感動が、ここにある ─ 近年読んだ中でも最高の作品 / ガルシア・マルケス  
著者
マヌエル・リバス
出版社
角川書店
定価
本体価格 1000円+税
第一刷発行
2001/07/10
ご注文
ISBN4−04−897018−6

「やあ、スズメくん。ついに今年は蝶の舌が見られそうだよ」
先生は学校に顕微鏡が届くのをずいぶん前から待っていた。

肉眼では見えない小さな物がその道具で大きくなるという話を、先生から何度も聞かされていたので、子供たちは本当に大きくなるところをすでに見たような気がしていた。

夢中になって説明する先生の言葉そのものがまるで強力なレンズになったかのようだった。
「蝶の舌は時計のぜんまいみたいに渦巻きになっているんだ。気に入づた花が見つかると、そいつを伸ばして薯に刺し込み、蜜を吸う。

指を濡らして砂糖壷に突づ込んでみると、指先が舌の先になったみたいに、口の中が甘くなるだろう?蝶の舌も同じさ」蝶がうらやましいと誰もが思った。
なんて素敵なんだろう。

よそ行きの服を着て世界を飛び回り、シロップがたっぷりの樽が置かれた居酒屋に立ち寄るように花から花へと留まっていく。
僕はその先生が大好きだった。最初は父も母もそれを信じなかった。

つまり僕がどうして先生を好きなのかが理解できなかったのだ。
まだ小さかったころ、僕は学校と言われただけで震え上がったものだ。

その言葉は、小枝の鞭のように空中で捻った。
「学校へ行けば分かる!」二人の叔父は、多くの若者と同様、モロッコ戦争に召集されるのを嫌って新大陸に移住していった。
だから僕も、学校に行かなくてすむように、新大陸に行くことを夢見た。実際、その拷問がいやで、山に逃げ込んだという子供たちの話があった。

二、三日たって姿を現したが、「狼の谷」からでも逃げてきたみたいにぶるぶる震え、一言も口がきけなかったという。
僕は六歳になるところで、みんなに「スズメ」と呼ばれていた。

同じ年頃の子供たちはもう働いていた。
けれど父は仕立て屋で、土地も家畜も持ってはいなかった。

だからちっぽけな仕事場でいたずらをされるより、離れたところにいてくれるほうがいいと考えた。
そんなわけで僕はほとんど一日中、アラメダ通りを駆け回って過ごしていた。

僕にあだ名を付けたのは、ゴミや落葉の清掃係のコルデイロだった。
彼はこう言った。

「お前はスズメみたいだな」学校へ入学する前の年の夏ほど走り回ったことはない。
狂ったように走り、ときにはアラメダ通りを越え、もっと遠くまで行くこともあった。

いつもシナイ山の頂を見つめながら、いっか僕に翼がはえ、ブエノスアイレスへ飛んで行くことを空想した。
でもあの魔法の山を越えたことはなかった。

 

 

 

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