新文化 2002年(平成14年)5月23日 8面より引用

 

土曜日の井の頭公園は大勢のアーティストとその観客で賑わっていた。
見慣れない楽器を演奏する二人組、小さなスピーカーを横に唄う少女、似顔絵を描く外国人……。
それらの群れからやや離れた場所に幅二メートルほどの布を敷いて自作のポストカードを売るキン・シオタニ氏がいた。
“店頭”には三人連れの若い女性が立っている。
どこから来たの?
僕の本はどこで買った?
あのコの友達なんだ、彼女は元気?
……シオタニ氏は間断なく話しかける。
最後は一五〇円のポストカードが数枚、作者直筆のメッセージ付で売れていった。
これがシオタニ氏の“本業”だ。
始めてからすでに七年が経つ。
Tシャツや時計なども売っている(もちろんすべてオリジナルデザイン)が、一日の稼ぎは「平日五00O円、休日二万円が相場かな。でも、売るのが目的じゃないので計算していない」という。
現在七作にのぼる自著も置いているが、あくまで見
本だ。
買いたいという入がいれは、近隣の書店を紹介する。
「旅に出たり特別な用がある時以外は、僕に会いたい人は井の頭公園に来れは必ず会えるようにしている。マーケティングの目的もある。読者には、僕の本をどこで買い、読んで何を思ったのかを必ず聞く」
ホームページを見ても、
シオタニ氏にはすでにファンとよべる層が出来ている
のが分かる。
だが、本人は読者と直接コミュニケートできる公園にこだわる。
出版関係者から突然名刺を差し出され、その場で刊行が決まったこともある。


ブックカバーが書皮大賞を受賞

JR吉祥寺駅前からサンロード商店街のアーケードに入って間もなくすると、シオタニ氏がデザインしたプックスルー工の外装が目に止まる。看板には、痩せた青年が天使のような羽をつけ、少し頼り無げな笑顔をたたえながら夜空を飛ぶ姿が描かれている。
二OOO年三月の改装からのもので、同時にプックカバーもシオタニ氏のデザインに一新。
これはロコミで人気が広がり、昨年ば全国の本屋好きで組織する「書皮友好協会」から「第一八回書皮大賞」に選はれている。
店内の踊り場にも作品を展示、新作発表時には必ずサイン会を実施するなど々地元作家”キン・シオタニをプッシュしてきた。
同店の永井健専務がいう。
「パトロンとか若手作家の育成とか、美談めいたことをしているつもりはない。あくまで始まりはビジネスだった。少なくとも彼と友達になるまでは」
もともとルーエでばシオタニ氏の本を販売していたが、知人の紹介で改めて作品を見た時、これは売れる
かもしれない、とカンが働いたという。
他店が売っていない売れ筋商品を何点もてるかで中
小書店の命運は決まる。
ただし、その費用はなるべく抑えることが条件だ。
「売り手のカン、地元をホームグラウンドにしている、そしてまだ売れっ子ではないので高くない。この三つが決め手だった」


当時、シオタニ氏にはすでに三点の著作があった。
ポストカードを初めて扱ったのは青山プックセンタ ー。
名古屋のヴィレッジヴァンガードなども広く扱っ ていた。ブックスルーエも九六年刊行の処女作『ばか と40人の青年』(絶版⇒今年三月にブッキングから復刊)から扱っているが、仕入れたのは当時の担当者。
永井氏自身は発掘者ではない。
しかし、二入は次第に親交を深めていった。
「作品以上に、人柄に惚れた。いつの間にかファンになった」(永井氏)、「プライベートな相談をすることもある。兄貴のような存在」(シオタニ氏)。
今年三月発売の『生まれたついでに生きる』も、永井氏がマガジンハウスの営業担当者に紹介したのが縁だった。
営業サイドの依頼を受けて編集を担当した同社の土佐豊氏は、四〇万部を発行した『326』(ナカムラミツル著、九八年)を手がけた人物だ。
土佐氏ば「ミツルはいわゆる“癒し系”。キンちゃんは癒してはくれない。内省的・哲学的に、若者特有の不安感を表現する。爆発的なヒットは難しいが、ある読者層には堅実に受け入れられるタイプだろう」とシオタニ作品を解説する。

最初の目標達成次の到達点に…

同書はマガジンハウスの単行本の基本部数とされる八OOO部で刊行された。
まだ増刷には至っていないが、ブックスルーエはすでに実売二〇〇部強と抜群の動きで、土佐氏のいう"あ る読者層"に届ける重要な役割を担っている。
シオタニ氏は自著について「(本体価格の)一八○○円は僕の読者には高い」と不満を漏らす。
しかし、一方である感慨も抱いているという。
二〇歳の時「三〇歳までに本を出す」ことを目標に したシオタニ氏は、二六歳でその夢を叶えた。
だが処女作を出した出版社は社長を入れてわずか二人。
書店回りは都内を中心に約三週間、著者自らが行った。
結果は初版の二000部以上の注文を取りへ増刷となった。
「次の出版社は四人。その後、八人、二〇人、五〇人、四〇〇人と、出版社がだんだん大きくなっている。一番重要なのは相手と良い形でコラボレーションできるかどうかだけど、処女作が最初の目標達成だとしたら、マガジンハウスという大きな出版社で本を出せたのは次の到達点かなとは思う」
ここ一年間はまさに飛躍の年だった。
『生まれたついでー』を含む三作を著したほか、ツタヤオンラインで携帯電話の待受け画面にも起用されている。

 

作家も書店に関心ある特別原稿添付で仕掛け

売れっ子になるのは永井氏にとっても嬉しいことだが、その過程で二人の関係に微妙なズレが生じたことも。
昨年十一月竃ジオタニ氏はルー工と同じ吉祥寺のパルコブックセンター吉祥寺店でサイン会を行った。
永井氏は「せめて吉祥寺以外でやってくれよと(笑)。これは冗談です。彼の足枷にはなりたくない。大きくなってほしい」と語る。
シオタニ氏との経験を生かし、ルーエでは今後、新しい書き手やインディーズ系雑誌との結びつきを強化する考えだ。
たとえば「裏ツール!2」(ぶんか社ムック、吉野健太郎著)を買った読者には、著者がブックスルー工専用に書いた”特別原稿”のコピーを付けるなど、すでに店内のあちこちで仕掛けが始まっている。
「作家も書店に関心があるはず。まずは自分から働きかけたい」と永井氏。
東京・吉祥寺という、全国的にも有力な商圏が土台にあってこその発言ではあるが、たしかに書店と作家は、もっと“仲良く”なってもいいのかもしれない。
(本紙・石橋毅史)

新文化提供> ・・・丸島さん、石橋さん取材ありがとうございました。

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