讃岐うどんリベンジの旅 2002/01/06-01/12




1

さて、では今回の旅の事についてかきましょう。

旅に出たのは1月6日、日曜日でした。

僕が本業だと思っている井の頭公園でのゲリラ売りは一年で一番売り上げが悪いのは一月です。

寒いというのと日が短いというのがその理由でしょう。

同じ井の頭公園の大道芸人ミスターdaiも1月はイギリスに行きます。

まあ僕は日本のどこかにいくのが好きなので、どこかに行くわけです。

僕は旅に出る前日までどこに行こうか迷います。

北にいってもいいし、南にいってもいい。

ここのところの心境は沢木耕太郎氏が本当にうまいことを書いている。


「私は旅をする。

/だが、私はまだ出発していない。

汽車にも乗らず、飛行機にも乗らず、船にも乗らず、ただ机の前に座っている。

出発していない私には無限の自由がある。

/さて、どこに行こう。

しかし、どこと決めた瞬間に無限の自由は失われてしまう。

それが惜しいために、行く先を決めず、机の前で無為な時を過ごす。

無為な時にして至福の時。

だが、私は知っている。

やがてその至福の時にも倦むようになるということを。

」(沢木耕太郎「天涯」より)
 そんな感じで僕は出発するぎりぎりまで行く場所を定めていなかった。

候補にあがったのは次の六ケ所だった。

北海道。

東北。

関西。

山陰。

四国。

九州。

石垣島。

つまり日本全土が対象であって具体的には何も決まらなかった。

ただ石垣島は電車とは縁がないからなさそうだなとは思った。

僕は青春18切符で旅をするからな。

それでとりあえず高松に行くことに決めた。

これは出発の6時間ぐらい前の事だ。


 これには理由がある。

讃岐うどんをもう一度確かめようと思ったのだ。

僕は無類の麺好きで、パスタから始まり、去年は冷麺と山形そばにかなりはまった。

それでそっから讃岐うどんへと飛んだ。

山形を旅していた時に読んでいた「富士山」という、さくらももこがやってる雑誌が出てきて、その中にさぬきうどんのことが出ていて、それに載ってた「小懸屋」の「しょうゆうどん」が見るからにおいしそうだったのだ。

讃岐うどんのことははぎぼうに色々そのHPなどを教えてもらった。

で、去年の夏だったと思うが、僕は香川にいった。

その小懸屋に行った。

その他、前もって調べたいくつかの評判のお店にいったのだが、どれも、まあ安くて美味しいという程度で、山形そばのような感動もないし、ピンとはこなかった。

それで僕は讃岐うどんというものをあまり好きではないという結論に達した。

その後、東京に帰ってM君に教えてもらった三鷹のある讃岐うどんやに行ってみた。

するとそこには何と「しょうゆうどん」があった。

「しょうゆうどん」というのは実は例の小懸屋が考案し商標もとっているうどんで、うどんに大根おろしとすだちをかけ、それに薄口しょうゆをかけて食べるっもので「ぶっかけ」と呼ばれることもある。

それでとにかく三鷹のうどん屋に「しょうゆうどん」があったので感動してそれを頼むとその美味しさといったら食べてみないと伝わらないおいしさだった。

僕はこのwebをまだ何千という人が見ているわけではないと思うからこうやって書けるのであって、みんながそれを読んであそこがどっと混むようになってしまったら書かない。

こないだのアドマチック三鷹のときはヒヤヒヤしたがさすがに出なかったね。

とにかくそこの「しょうゆうどん」にはまり、僕は讃岐うどんを初めて美味しいと思った。

それでその後も讃岐うどんについて色々調べたので、こうやって分かった上でもう一度本場のを食べたいと思ったのだ。


2
讃岐うどんとはいうまでもなく讃岐のうどんだが、ここ数年ブームになっている。

それは香川県のタウン誌「月刊かがわ」に連載されていた「恐るべき讃岐うどん」という文章がきっかけだ。

これは香川県内に700あるといわれている讃岐うどん屋の中から、マニアックな、変なうどん屋を紹介していた。

山の中で製麺所をしているところがだし汁も作ってセルフサービスでそこでうどんを食べていいような簡易食堂というかベンチをおいといて、客は勝手に麺をとって、自分で茹でてねぎを切って食べてお金を払う。

これが100円とかで、とにかくこの「セルフ」といわれるお店が香川県にはたくさんある。

それの中のとにかく変わったお店のことを紹介していたコラムが人気を呼び、いまでは新潮文庫からも本になった。

その田舎者っぽい駄洒落にむかつきもするが、たしかに勉強になった。

そして次にそのこと(讃岐うどん)を紹介したのが村上春樹で、これは彼の「近況、辺境」という本(これも文庫で出ている)に紹介された。

彼はマニアックな讃岐うどんを「ディープ」と表現した。

これはやはり話題になったらしい。

そしてウッチャン・ナンチャンもTVでやったらしい。

僕が今回行った店を写真にとって、あとでそれを見せたら、これTVでやってたとよくいわれた。

また、それぞれマニアックなお店には色んな人のサインが飾ってあった。

村上春樹、さくらももこ、サニーデーサービス、なぜかpot shotまで。

しかし、僕はその中の何軒かは前の夏に来ていて、ピンとこなかったんだ。

しかし、今度はおもに「しょうゆうどん」を食べようと思った。

そうすれば分かるに違いないと思ったのだ。


 今回の旅はなるべく時間を気にしないようにしようと思った。

僕の旅は気ままで時間なんて関係ないように思われるが、そんなことはない。

駅についたら時計があって、次の電車は何時というのが書いてあるし、それがなかったら困る。

たとえば、駅につくと次の電車が15分後に来ると分かるが、それを逃したらまた一時間以上あるわけで、それも目的地まで行かずに途中で終点なんてこともあるわけだから、なるべくなら次の電車の時間は知っておいた方がいいのだ。

旅では計算と勘がものを言う。

それさえも気にしないということもやろうと思えばできないことはないが、そんなことをしていいことはあまりない。


 今回の旅は朝早くでた。

というか、前の日に寝なかった。

というのは僕の生活サイクルはだいたい3時ごろ寝て、昼ごろ起きるという感じだから、一日を無駄にすごしがちなのだ。

これは自分でもあまりいいことだとは思っていない。

昼ごろ起きて、だらだらして、夕方に外に行くともう暗くなる。

8時にはパルコとかも閉まるし、吉祥寺は街が閉まるのが早い。

本当は太陽と同じリズムで生きるのがいいような気がする。

昔はそうだったはずだ。

文明が進歩して、太陽がなくても生活できるようになったのはある意味人間のおごりだ。

とは思うものの、結局このサイクルはなおらない。

旅の前日は3時まで起きていて、あと2時間もしないうちに始発が出るんだったらこのままおきていいようと思ったのだ。

しかしさすがに四時頃は眠かった。

外は寒そうだし、旅に出るのをやめようかと何度も思った。

しかしあと30分で始発が出ると言い聞かせて着替えを始め、外に出た(この時点で時間を超気にしてるね)。

3
 4時34分吉祥寺。

電車に乗る。

旅が始まる。

この日は日曜日だから前日の土曜の夜の遊んでいた客が朝まで始発をまっている電車でもある。

また、待ちにまった日曜日に朝から張り切って釣りに出かけるおやじの待つ電車でもある。

なので車内はけっこう混んでいる。

しかし言えることはみんな眠そう。

僕も眠い。


東京駅に着き、東海道本線に乗り換える。

鈍行なのになぜか豪華な車両。

テーブル付きの席をとる。

暖かい車内に眠りにつこうとするが、スリや置き引きと思わしきおじさんたちが車内を行ったり来たりするのでそんなに眠れない。

この電車は静岡行だが、終点まで熟睡することはなかった。

しかし朝は本当にいいね。

また、小田原過ぎから富士山が見えだし、この美しさはすごかった。

富士駅あたりが一番大きく見えるのだが、今まで見た富士山の中でもきれいな方だった。

いやあ、朝の澄んだ空気の中、本当に大きかったよ。

昔山中湖で見た時もきれいだった。

こっちが恥ずかしくなるくらい大きいんだよ。

どこを見ても目に入ってくる感じだった。


名古屋に着いたのは11時だったかな?お腹がすいたので駅ビルの12階に行き、「山本屋総本家」で味噌煮込みうどんを食べる。

20分並ぶ。

少しびっくり。

味噌煮込みは14帝国関連の人たちに送ってもらって以来大好き。

知っているうどんの中では一番固い。

針金みたい、というと大袈裟だろうが、イメージ的にはそんな感じ。

これはいいよ。

しかしこの味噌煮込みにはふたつの「山本屋」がある。

どっちも有名なのだから不思議だ。


 それでまた旅を続ける。

そこからはけっこう寝た。

米原。

姫路。

そして岡山。

そこから四国にわたる。


結局この日は丸亀という街に泊まる。

なぜなら次の日にいくだろううどん屋のバスがここからでているからだ。

丸亀の前、坂出で夕食をとる。

駅構内にある。

「亀城庵」というお店。

ここはうどん屋です。

さっそくしょうゆうどん。

まあ合格。

駅の中にあるうどんやとしてはレベルは高い。


さて、この日は丸亀という街で泊まった。

ちゃちいお城がある街で、この街に泊まるのは初めてだが、以前に何度か通ったことはある。

まあ、よくは覚えてはいないのだが、僕は「丸亀」という街の響きからして、なぜかいい街なんだろうなという印象をもっていた。

駅についたのはもう夜10時ごろだった。

駅のロータリーは石のオブジェがいくつもあり、それが無気味な光で照らされていてきれいだった。

歩いていける範囲に安そうな宿はなく、しかたなく、「丸亀グランドホテル」という「グランド」とは名ばかりのホテルに泊まった。

他に客は泊まっていない感じだった。

9階にある展望浴場に入り、窓をあけると瀬戸内海が遠くに見えた。

寒そうだった。


4
さあ、今日は讃岐うどんリベンジの日だ。

まずは、バスに乗り「宮武」へ行く。

あとで分かったが丸亀はバスの便が本当にいいと思った。

一時間にニ本くらいだが、200円で本当に遠くまでいってくれる。

車がなくても行くことを可能にしてくれる。

宮武は「南丸亀」というバス停でおりる。

こんぴら街道という歴史ある道をバスは行く。

まどの外からうどん屋を次々に発見するのはうれしい。

確かにラーメン屋よりは多いとお思ったが、「たこやき屋」はもっと多いような気がした。


 「南丸亀」のバス停におりたものの、うどん屋らしきものはどこにもない。

ありそうにもない。

ちょっと迷って、工事現場の人に聞く。

「みやたけ」ってうどん屋さん知ってますか?するとその人は知っていて、教えてくれたが、遠そうだった。

そこから歩くこと15分。

ついに発見。

道ばたに「宮武」という看板が小さくでている。

中に入ると、てんぷらがたくさんおいてあった。

客はそれを勝手にトッピングする。

厨房ではおじさんが、うどんをせっせと打っているのか、身体をゆさゆさしながら、「何?」ときいてくる。

メニューを見るとメニューは「あつあつ、あつひや、ひやあつ、ひやひや」と四種類の頼み方があり、僕は何のことか分からない。

でも店は客が次々はいってきて、「あつ」とか、当たり前のように注文していく。

僕はとりあえず「しょうゆうどん」を頼む。

また「ゆだめうどん」も食べた。

店の人は僕が店の勝手を色々分からなかったのを察して色々教えてくれた。

勘定を払う時、トッピングに何をとったのかも(たくさんとったので)覚えていなくて困った。

うどんはおいしかった。

しかしここの名物は「しょうゆ」でも「ゆだめ」でもなく、「かけうどん」だったみたいだ。


 その後は「中村」にいった。

ここは村上春樹が絶賛していたところだ。

ここもバスで行けた。

例によってバス停におりてもまったく分からない。

ガソリンスタンドの人に聞く。

そしてそこから歩き15分。

讃岐富士と呼ばれる、飯盛山(本当に飯を盛ったような山)のふもとを歩く。

こんなとこに店があるのかと思うようなところに店はあった。

看板はなかった。

ある倉庫みたいなところに人が次々に入っていく。

そこだった。

中に入って「大もり?ふつう?」と聞かれる。

とりあえず「大盛り」と答える。

するとお椀に二玉渡される。

僕はいわれたままにそれを30秒くらい茹でて、ねぎを切って、食べた。

うまかったなあ。

いやあ、店内のインパクトは大きかった。

10畳くらいのスペースかな?みんな楽しそう。

店は人であふれてきた。


 「中村」を後にして丸亀駅に戻り、JRで讃岐府中で降りて、「山下」に行く。

どこにあるか分からないが、旅の勘で進み、人に聞きながらいったりしたらうまくついた。

「サニーデー・サービス」のサインがある。

potshotも。

あとで聞いたがサニーデーはここでPVを撮ったらしい。

もう一軒、歩ける距離にある「がもう」にもいったが、もう終わっていた。

ああ、そうだ、「山下」はうどんは150円くらいだったが、食べ終わってお金を払うとなぜか軍手をくれた。

何でだろ?この辺には「綾川」という川が流れている。

この川周辺は讃岐うどんのレベルが高いとどこかで読んだ。

この川周辺で讃岐うどんは始まったらしいのだ。

そういえば吉祥寺ロンロンの地下に讃岐うどん屋があるが、あそこの名前は「綾川」だ。

この川にあやかって名前をつけたところは「知ってるな」と思わせるが、名前負けしてそうだな。

最近吉祥寺のダイヤ街にできた讃岐うどん屋は「醤油うどん」もあって期待していったが、最悪だった。


 さて、僕は高松に向かった。

夜はとても寒かった。

商店街のにある「はなまる」というところで食べたが、うまかった。

あ、もちろんうどん屋だよ。


5
 昨日一日歩いたので足を痛めたらしい。

朝、市内にある「松下」という製麺所に行く。

四国新聞の近くにある。

ここもうまかった。

ここまでろいろ食べて讃岐うどんというものを分かってきた。

あの三鷹の店とは違い、麺は思ったよりも細い。

歯ごたえはあるが固くはない。

今までいろんな人の本を読んだが、みんなは麺へのこだわりを書いていて、「讃岐うどんは麺」だとか書いていたが、正直、麺に関していえば、三鷹の店や武蔵野うどん(東村山周辺にあるうどん文化圏で、昨年暮れにはまった)ほどの歯ごたえはない。

適度な歯ごたえとでもいうべきものだ。

僕は、三鷹のうどん屋のように、麺と口の中で戦うような固さを求めてしまうのだ。

本場讃岐では結局食べた限りではそんな麺にはあわなかったが、逆にだし汁がとてもうまいと思った。


 高松市内を出て、昨日閉まっていた「がもう」に行く。

これは鴨川駅で下りる。

寒い日だった。

何と雪がちらついてきた。

四国で雪?びっくりだ。

「がもう」は感動。

目の前でうどんが次々茹でられていく。

店の中は作業員みたいな人たちでいっぱいだった。

僕は今回思ったのだが、例の「恐るべき讃岐うどん」以来、ブームとなった「うどん遍路」で、それまであった文化というのは少し迷惑しているのかもしれない。

もちろんこのブームをタナボタ的に喜ぶ人も多いだろうが、あの畑のの中にぽつんとあるうどん屋たちは、別に僕達新参者がこなくても、近所の人や建設作業員や郵便局員など、とにかく近所の人たち相手にじゅんぶんやっていけるし、そのほうがよかったのかもしれない。

そこに僕なんかが他の国の文化でも見るように珍しそうにやてきて、ルールも分からず右往左往しているのは少し場違いなような気がした。

まあ、これからも行くけどね。


「がもう」を出て、駅に戻り、さあ、満足。

うどんに満足。

今回は分かったよ。

さあ、帰ろう。

四国を出ようとしたらそこでハプニング発生!
6
とにかくそこは信じられないくらいの寒さで吹雪いていた。

電車に乗ると、突風が吹いているので瀬戸大橋は危険なので運行を見合わせておりますと車内放送がかかった。

どうしよう?四国から出れないではないか。

このまま高松に住んじゃおうかな?それもいいな、そしたら毎日うどんだ!なんて一瞬思ったりもしたがそうはいかない。

僕は今、いくつも仕事をかかえている。

3月の本、2月の「ばかと40」、ツタヤ、オズ、個展。

そうして聞いたら高松から船で振り替え輸送をやっているそうだ。

え?船のほうがあぶないんじゃないの?まあいいや、めったにないことなんだろうな。

そして駅でチケットをもらい、歩いて(びっこで)フェリー乗り場へ。

ここから岡山の「宇野」というところまで行く。

船旅は嫌いではない。

ただ、やっぱり船はすごくゆれた。

水しぶきは高さのあるはずの客室の窓にもかかるし、大丈夫なと心配になった。

窓はほこりで汚い。

本州の陸が見えた時、助かったと思った。

しかし時間はすごくかかった。

宇野から岡山に行かなくてはならない。

瀬戸大橋のない時代はみんながこうやってきたのだ。

さて、今日はどこにいこうかな?
 宇野では泣きそうなくらいに寒かった。

そのうえ、15分後にくると放送でいっていた電車があと30分伸びたらしく、ホームの上の踏んだり蹴ったりな目にあった人は愕然としていた。

僕も笑うしかなかった。

誰もが苦痛と思う時間だったのではないだろうか?駅の無効に「催眠療法」とか書いてある医者みたいなのが見え、ここが夏の楽園でここに吹いている風は涼しいんだと思わせてほしかった。

本気で行こうかと思ったが中途半端な時間なのでやめた。

そこに一人の婦人がその医者に入っていくのが見えた。

何の催眠術をかけてもらうのか?ようやく電車が来た。

そして岡山へ。

そして姫路へ。

そのころ、僕はi-modeでいろいろ宿などを検索していて、「旅の窓口」というサイトから「本日の予約」というページをみつけ、そこから予約すると異常にやすいことを知った。

これはびっくりだった。

以降三日はすべてそうやって予約した。

その日は神戸に泊まった。

足の痛みが治らないのでとても心配になった。

南京町までも歩いて15分くらいだろうが、タクシーを使った。

そうして食べ歩き、その日は終わった。


7
今日は1月9日で関西では「えべすさん」といわれるお祭りというのか分からないけど、とにかく商売繁昌を願う日だ。

恵比寿(戎)神社でおこなわれる。

神戸の西宮が本山で、大阪では今宮にあるし、京都は祇園にある。

その神社に入ると、「商売繁昌笹もってこい」という歌が聞こえてくる。

関西って本当にいろんな文化が根付いているよなあ。

実は僕は去年(2001)もこの時期はここにいた。

この時は正月に鈍行で鹿児島まで行き、その帰りに偶然来たのだが天王寺の近くの今宮神社でこの「えべすさん」をやっており、僕は電車からそのにぎわいをみて、途中下車したのだ、それで今宮戎に行き、今度は京都にいっても「祇園戎」というのをやっていた。

例の「商売繁昌笹もってこい」という歌は一緒だが、どこか少しアレンジが違う。

それで僕は2001年というのは仕事の上で特によかったんだけど、それをあてにしてしまい、今年も行こうということになった。

今年の計画はそれを中心にたてたようなものだ。

どこにいっても1月9日,10日は大阪、京都にいなくてはということでした。

それでとにかくその日は西宮の戎総社にいった。

何か気持ち悪い本マグロの身体にお金をペたぺたはったりする習慣があって気持ち悪かった。

あと、毎年「福男」という一番最初にお参りをする人を走って争うニュースを見るが、それもここでのことだった。

そのレースは10日に行われるのだが僕がいったのは9日で、すでにいい場所(スタートの)をとりたい人が徹夜の準備をしていた。

コンサートのチケットみたいに。

お参りをすませた後、そこの近くの前の日にたまたま雑誌にのってたうまいという評判のお好み焼きやがあったから行ったが、普通もいいとこだった。

そしてそのまま京都に行った。


京都では、「祇園ホテル」に泊まった。

京都大好き。

さっそく「一銭洋食」でお好み焼きを食べる。

そして、「えべすさん」に行く。

おもしろい。

何か、独特の習慣がある。

しかし、足が痛かったので、今日は早くホテルに帰って寝た。


8
今日は午前中にちょっと街を散歩して帰ろうと思ったけれど、やっぱり京都にいることにした。

「近江屋」だっけ?お餅とか売っている店があって、そこの「安倍川」を食べる。

僕、安倍川大好き。

それからホテルにあったチラシで気になってしまたパスタラーメンというものを食べに木屋町にある「悟空」という店に行く。

味は京都ラーメンだった。

麺がパスタだった。

ここまで読んで読者は「食の執着」とでもいうべきものを感じているだろうけど、そうだね、ここ4年くらいは「食いに行く」という感じだね。

でも今日はけっこう見た。

まずひさしぶりに金閣寺に行った。

ここは学生の時に友だちの前川君が近くの立命館という学校にいっていたから来たことがあるんだ。

相変わらずきれいだが、やっぱり銀閣のほうが好きかな?そのあとは竜安寺に行く。

ここの有名な石庭は究極の癒しスポットだと思う。

その後は嵯峨野に行く。

足を引きずりながら竹の道を歩く。

そして嵐山もすぐ近くにある。

ここはさっきはなした学生の時に前川君とその友だちの中尾君と牧野君の四人で来て以来10年ぶりくらいだ。

あの時は夜だったから分からなかった。

おまけにあの時は牧野君が川の横にある用水路を暗いから自転車道路と間違えてそこを歩こうとしてそのまま溺れかかったことが腹筋が痛くなるくらい笑ったことと、そのびしょぬれの牧野君を拭くためにタオルをかりに行った旅館しか覚えていない。

明るい時にくるといい所だと本当に思う。

ただ、人力車の勧誘が都会の宗教や水商売のキャッチと同じくらいいる。

その後、バスで帰る。

帰りがけに「蚕の社」というちょっとオカルトなところに行く。

この辺は太秦と書いて「うずまさ」と呼ぶのだが、普通は一発では読めない。

映画村ができて有名になった。

今日の宿は「マルコーイン京都」。

「旅の窓口」で予約した。

今日も「一銭洋食」でお好み焼きをたべる。

それから木屋町の川沿いの喫茶店に行く。

名前は忘れたが前からいってみたい店だった。


9
今日はまず奈良にいった。

奈良は東京から大阪に行く途中の道にあるわけではないから、寄るということはできず、めったに行くことはない。

今回もほんと5年ぶりくらいかそれ以上だ。

奈良の先に天理という街がある。

ここは天理教という宗教の本部があるところで、中学一年の時にこの街をたまたま通った僕はけっこうびっくりした。

JR(当時の国鉄)の天理駅は高架を走っていて高いところに駅がある。

ここをその時(前に来た時は夜に電車からみただけだったが)街のつくりがほかとは違うことにおどろいた。

それから何年かして、僕は一人で天理に来た。

この街は宗教都市だ。

駅に「ようころおかえり」とかいてある。

それから僕はとりあえず、天理教本部まで歩き、その街の神に挨拶して、街を歩き続けたが、巨大な建物がいくつもあり、それに時代を感じさせる屋根がついており、うまくいえないが、不思議な建物がいくつもあるのだ。

街をふつうに歩いている人も老若男女「天理教」とかいてある黒い法被みたいなものをきている。

商店街のお店も天理教関係のものが多く売られており、カセットとか本も、天理の先生のお話みたいなものが店頭にならんでいるし、また幼稚園から大学、また病院もあり、とにかく独立国みたいな感じなのだ。

それでいて、ケンタッキーとかもあるんだけどね。

まあ不思議な街だよ。

その天理にひさしぶりに行った。

何か、何も知らなかったからか、前来た時の方がインパクトは強かった感じもしたが、相変わらずの建物と、黒い法被の人々はいて、やっぱり不思議だった。


そのあと、僕は奈良でおりた。

ここも久しぶりだ。

どこに行こうというあてもなかったが、適当にバスに乗り、東大寺にいった。

バスをおりると、そこらじゅうに野生の鹿がいて、これもまた不思議だった。

だって、あんなに大きな動物が、放し飼いというか野生で堂々といるんだよ。

ネコなんかは数える程しかいない。

ネコは何か肩身がせまそうだった。

天理といい、奈良といい、不思議だったよ。

どちらも東京にはない景色だったね。

東大寺は中学の時以来だが、いやあ、大人になってからくると、よさがわかるねえ。

大仏の。

でかい。

びっくりだったよ。

まあ、時間もないので駅に戻った。

そしたら次の電車までまだ20分あったあから、駅前の「なか卯」で親子丼をかう。

それで電車の中で食べようとおもっていたのだ。

それでテイクアウトで注文し、あと10分という時にやっと親子丼ができあがり、急いで駅に走る。

そこでまたハプニング発生。

このあと、信じられない事態がキン・シオタニを襲う!(ガチンコ風)

10
さて、奈良駅前で起きたハプニング。

冷静に考えればハプニングではないのかもしれないが、あの時はパニクッた。

僕が着ている上着は、旅に出る前に立川のグランデュオで買ったジャケットで、ポケットが大きく、さらにいくつもある。

これは僕の道売りには最適だ。

前からこんな服が欲しかった。

左右のポケットにはそれぞれ、「目を閉じればすべてが見える」も入るくらいの大きさがあって、とにかく本は全部はいるし、CDもはいるし、ポストカードも、ストラップも、時計も入る。

Tシャツも少しならはいる。

これで道で売っていて警察がきても比較的すぐに片付けられるし、とにかくおもしろい。

メーカはおしゃれのつもりで作ったのだろうが、まさかここまで実用されるとは思っていないだろう。

全部で6つはポケットがある。

買ったあとに暫くしてから新しいポケットも発見し、今は目薬を入れている。


 で、旅では青春18切符をいつも右上の胸ポケットに入れていた。

ところが、その奈良駅前で発車10分前に弁当を買い、駅に駆け込みながら切符を出そうとするとないのでる。

あれ?おかしい、僕は通行人の行き交うなか、パニックでひざまづき、すべてのポケットを調べた。

でてくるのは、街でもらったチラシやお寺でもらったガイドブックやレシートとかばかり、僕はあわてて「なか卯」に戻り、今ここで親子丼を買ったのだけれども、切符を忘れていませんでしたかと聞いたが、ないと言われた。

ああ、どうしよう。

その日は確か1月11日で、青春18切符はもう発売期間を終えたのだ。

やばい、金かかるなあ、でもとにかく電車には乗らないとと思った。

一番安い切符を買って電車に乗って冷静にポケットをもう一度調べようと思った。

それであれはもう2分前くらいなかな?慌てて切符を買おうと出した財布のなかに切符はあった。

おかしい。

財布に切符なんか入れないのになとおもいながらもほっとしている間もなく、電車が発車するというアナウンスが流れた、大急ぎで走り、階段をのぼり、そして降り、ベルがなっているあいだに電車に飛び乗った。

ああ、よかった。

わけも分らずのった電車が違うところ行きだったらどうしようかと思ったよ。

いやあ、みんなが歩く奈良駅までひとり焦りながらそこにひざまづき、ポケットを探している姿はまぬけだっただろうな。

その日はそのまま名古屋に行き、駅前のチサンホテルという丸いホテルに泊まった。


11
さて、全11回にわたるこの正月の旅連載も今回が完結です。

長い間おつきあいありがとう。


名古屋と言えば昨年仲良くなった名古屋の劇団第14帝国だ。

その元帥とよばれる人と仲良くなって、名古屋の印象もあがった。

元帥から名古屋の話をたくさん聞いて、僕も名古屋は何回も来ているのだが、よりディープな名古屋を知りたくなってきた。

名古屋の基本は次の三つ、「味噌煮込み」「味仙」「寿がきや」だ。

まあ、それに「みそかつ」もプラスされるが、まあ「味噌煮込み」と基は同じかも知れないからいいや。


 味噌煮込みは名古屋の八丁味噌という赤味噌を使った煮込みうどん。

この味噌はいい。

最後の方は苦くもなるが、とにかくいい。

名古屋や関西の人は関東の味噌汁が赤味噌じゃないから嫌だと言う人が多い。

実際、赤味噌のほうが僕も好き。

別に白味噌が嫌いではないが。

そしてこの味噌煮込みうどんは、何と言っても麺の硬さ。

これは僕の知っている麺類の中では一番硬い。

半生で食べるという感じ。

麺は硬いほどいいと思う僕(もちろん限度もあるよ)にはこの麺は最高です。

名古屋で味噌煮込みの店で有名なのはまあ、二軒あってそれが「山本屋総本家」と「山本屋本店」というこの紛らわしい二軒だ。

もともと前者が大須にあって、後者が別れた形になっている、この二軒、かなり仲が悪いらしく、「キミジマ」(ブティック)や「キタムラ」(横浜、元町の鞄メーカー)を思わせる。

また、さっきちょっと書いたが、八丁味噌では「みそかつ」も忘れてはならない。

これは何と言っても矢場町にある「矢場とん」がお勧めだ。

これはうまい。

並ぶのは覚悟の上だが回転も早く、ここは行くといい。


 味仙の存在は元帥に初めて教えてもらった。

味仙と言うのはこれもけっこうあるが、中華料理屋の名前だ。

ここは台湾ラーメンが有名だが他の料理もうまい。

ただ、台湾ラーメンは特に有名で、「味噌煮込み」はある意味、観光客相手の味でもあるが、この台湾ラーメンと次に紹介する「寿がきや」は名古屋庶民の味で、東京では有名ではなくとも地元では誰でも食べているし、味噌煮込みは彼等は年に何度かしか食べないが、これらはよく食べている。

僕は今池の味仙にいった。

辛い。

でもうまい。

そのうちだんだんはまっていくんだろうなとは思った。

ただ僕、辛いのだめなんだよね。

他の料理も美味しかった。

ちまきはとくに美味しかった。


さて、「寿がきや」だ。

これも元帥に教わった。

ここはラーメン屋のチェーン店であり、けっこう色んなところにある。

同時にカップラーメンもあり、それは名古屋のコンビニにはどこにでもおいてある。

それも、味噌煮込み、台湾ラーメンなど、名古屋の味をカップラーメンにしている。

しかし、店ではそれらはなく、塩とんこつみたいなラーメンが3種類くらいある。

とりあえずということで、おすすめの普通のラーメンをたべる。

忘れたがけっこう安かった。

そしてラーメンができるとカウンターにとりにいくのだが、一番驚いたのは奇妙な先割れスプーンだ。

あれはびびった。

先割れスプーンというかスプーンの先にフォークが飛び出している感じなの。

味は、まあおいしいという感じだった。

名古屋の人たちがそれほどにも愛するのは子供の頃から食べている味で、僕にとったら「みんみん」(ハモニカ横丁)の餃子みたいなものかなあ?
というのが名古屋の麺の基本だ。

今回は味噌煮込みは山本屋総本家(駅ビルの上にある)と伏見にある五城に行った。

あと感動の「矢場とん」、「寿がきや」にいって名古屋をあとにした。

足はまだ痛い。


名古屋を後にして僕はどこも寄らずに東京に帰った。

東京に帰って普通に生活(日常の散歩程度)をしてたら一日で足が治った。


 

 

 

 
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