非戦
 
  監修:坂本龍一 +sustainability for peace 戦争が答えではない。 全世界が切望する「希望ある未来」のために、戦争という暴力は認められない。世界が深い亀裂を埋める平和の種子を集めた一冊!  
著者
坂本龍一
出版社
幻冬舎
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2002/1/10
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ISBN4−344−00144−3

たった一人の反対者 バーバラ・リー

議長─

私は今日、ニューヨーク(WTC)とヴァージニア(ペンタゴン)とペンシルベニア(墜落)で命を落とし傷ついた人びとや、その親類縁者のみなさんに思いを寄せながら、悲しみに胸が潰れるような気持ちで演壇に立っています。

アメリカ国民のみならず、全世界の何百万という人びとの上にのしかかるこの深い悲しみを理解できない者がいるとすれば、それはよほど愚かか、あるいは無神経な人たちでしょう。
アメリカ合衆国に対するこのような言語道断の攻撃を受けて、私はみずからの道徳的指針と良心と神の導きを求めずにはいられませんでした。

九月十一日は世界を変えました。
いま私たちの心には、底の見えない恐怖がまとわりついています。

それでも、軍事行動が合衆国に対するさらなる国際テロリズムを防止できるとは、私にはけっして思えません。
大統領による戦争遂行に議会決議など必要ないことを議員一同承知のうえで、なおかつ私たちはこの武力行使決議を採択するのでしょう。

しかし、反対投票がいかに難しくとも、私たちのだれかが自制を唱えなければなりません。
一歩下がって、今日とる行動の意味をじっくり考えてみよう、それがどんな結果をもたらすか、もっと十分な理解に努めようと、私たちのだれかが声を上げなければなりません。

これから行なうのは従来の戦争とはちがいます。いままでのような対処のしかたは通用しないのです。
私はこれが悪循環を引き起こし、手に負えなくなるのを見るに忍びません。

今回の危機には、国家安全保障、外交政策、社会の安全対策、諜報活動、経済、そして殺人といった多くの問題ががかわっています。
だとしたら、私たちの対応のほうも同じくらい多面的でなければなりません。

私たちは結論に飛びつくべきではありません。
すでに罪のない人びとがあまりにも大勢亡くなりました。

わが国は裏に服しています。もしも反撃を急いだら、私たちは女性や子どもをはじめ、数多くの非戦闘員を戦渦に巻き込む危険を冒すことになるでしょう。
また、残忍な殺人者たちによるあの凶暴きわまりない行為への腹立ちまぎれに、アラブ系アメリカ人、イスラム教徒、南アジア出身者その他の人びとすべてに対し、人種や宗教や民族を理由とした偏見を煽るようなこともあってはなりません。

最後に、私たちは終結への戦略や限定的な目標ももたずに泥沼の戦争をはじめないよう注意すべきです。
過去の過ちをくり返してはなりません。

一九六四年、連邦議会はリンドン・ジョンソン大統領に対し、敵を撃退してさらなる侵略を食い止めるため、「必要なあらゆる手段をとる」権限を与えました。それによって本議会は憲法上の責務を放棄し、長年にわたるベトナムでの宣戦布告なき戦争へと国の進路を誤らせたのです。

そのとき、トンキン湾決議に反対したわずか二人の議員の一人であるウェイン・モース上院議員は次のように言明しました。
「歴史はわれわれが合衆国憲法を覆し、骨抜きにするという重大な過ちを犯したことを明記するであろうと、私は信じます……二十一世紀には、将来世代の人びとが、いままさに歴史的過ちを犯そうとしているこの連邦議会を、当惑と大いなる失望をもって振り返るであろうことを、私は信じるものです」

モース上院議員は正しかった。
そして私たちも今日、同じ過ちを犯そうとしているのではないでしょうか。

私はこの結果が心配です。
この投票については本当に思い悩みました。

けれども今日、ワシントン大聖堂における痛ましくも美しい追悼ミサの中で、気持ちが固まりました。
牧師の一人がいみじくもこう語られたのです。

「行動に際しては、それを受けて自分が嘆くような悪をなすことはやめようではありませんんか」と─―。

【二〇〇一年九月十四日アメリカ下院議会における演説】

(翻訳/星川淳)