猫路地へ行こう
 
  月島、浅草、羽田、神楽坂、人形町、十条、太子堂、東向島、谷中……。ネコにとって棲みやすい街は、歩いても気持ちのいい街。そんな13の町を、ネコと一緒に散策しました。疲れのたまっている女性たちへの心やすらぐ実用散歩エッセイ。  
著者
森田奈央
出版社
小学館文庫/小学館
定価
本体価格 476円+税
第一刷発行
2001/9/1
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ISBN4−09−411441−6

ネコロジの鼻に次々といいにおいが

地下鉄人形町駅の改札を抜けると香ばしいお茶の薫り、地上への階段をのぼっていくと天ぷらを揚げるジュッという音が聞こえてきそうな、おいしそうなにおい。
ネコを探して路地をゆくネコ路地探検隊(略してネコロジ)、今回はビジネス街であり、老舗のお店、飲食店が軒を並べる日本橋人形町へやって来た。

香辛料の利いたカレー、かつおだしのそばつゆ、とんかつの甘辛いソースなどの香りが次から次へと鼻をくすぐり、よだれが口の中に充満する。このままじゃネコどこじゃないよ……。
いや、いかん、こんなことじゃ。

なんとかどうにか理性を取り戻し、歩を進めなくては。
大衆小料理屋の植木鉢の奥にアメリカンショートヘアが寝ているのを発見。

ネコっていうのは、ほんと狭っ苦しいとこにいるのが好きなんだな。
ぼっかりと穴が空いたビルとビルの間の駐車場。車の上で三毛がひなたぼっこ。

気持ちよさそうだ。細い路地をつきあたった家の屋根に茶トラを発見。いたいたと喜んで見ていると、隣の家の物干し台にもグレーのネコを見つける。
干してある布団や柱でしきりにツメ研ぎをしている。

あつ、どこかでネコの鳴き声。
米屋の屋根に三毛がいた。

「ここは居心地がいいんでしょうね。何匹もいますよ」とおばあさん。にこにこした米屋のおじさんは「うちにも二匹いるよ」と茶黒と茶白を紹介してくれた。このお米屋さんでは、ネズミに米をかじられないようネコを飼っているのだという。

「子ネコのときはがんばってたけど、いまじゃぜんぜん働かないよ。屋根の上の三毛がかろうじて、ときどきネズミをつかまえる程度かな」とおじさんが笑う。
店の中では、ネコのそばでハトが落ちている米をついばんでおり、なんとものんびりした光景だった。

人形町には大正から昭和の初めに造られた建物が多い。東京大空襲の際、奇跡的にこのあたりは焼け残ったんだそうだ。
最近ではどんどんオフィスビルに建て替えられているようで、ビルに囲まれる格好になった古い建築物は押しつぶされそう。

それでも、木造三階建ての家、銅板葺きやタイル貼りの看板建築の商店など、まだまだ健在。
これらの建物は、風鈴とすだれがよく似合う。風が吹くたびにチリーン、サワーッ。

この町ではこんな景色をよく見かける。かつおぶし問屋の前にかつおぶしが干してあった。
ネコがぺろっと味見しに来ないのかなと、おばさんに質問。

「以前はよくあったけど、最近はネコも減ったわねえ」。
わたしの顔に「おいしそうにゃー」と書いてあったのだろうか、「かつおぶし、いる?」とおばさん。

いただきます。
お弁当屋さんの裏に茶白が一匹。

弁当の残り物をもらうために待っているんだとか。
十何年もここに棲んでいて、若いころは店のネズミをとっていたという。

「もうおばあちゃんネコだね。世話になったから邪険にできないんですよ」。
ほかにも七匹いたそうだが、みんな交通事故に遭い、一匹だけになってしまったそうな。

弁当屋のおじさんが弁当箱の蓋をカタカタと叩くと、パーッとやってきて、魚のフライをハグハグと食べた。
おおっ、すごいもんを発見。

草がぼうぼうと生えた空き地に発泡スチロールのネコの家。
こりゃなんじゃいな。そばに寄ってみると、赤い首輪をした茶トラ白が昼寝の真っ最中。

とっても幸せなネコだと思う。
ちゃんと毛布が敷いてあるし、なんと言っても、庭がめちゃくちゃ広い。
人形町のど真ん中にこれだけの庭をもつ家は、ここ以外、ないんじゃないだろうか……。