「自分の木」の下で
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著者
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大江健三郎 (画 大江ゆかり) | |||||
出版社
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朝日新聞社 | |||||
定価
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本体価格 1200円+税 | |||||
第一刷発行
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2001/7/1 | |||||
ISBN4−02−257639−1 |
なぜ子供は学校に行かねばならないのか 1 私はこれまでの人生で、二度そのことを考えました。 たとえ、問題がすっかり解決しなかったとしても、じっと考える時間を持ったということは、後で思い出すたびに意味があったことがわかります。 最初に私が、なぜ子供は学校に行かねばならないかと、考えるというより、もっと強い疑いを持ったのは、十歳の秋のことでした。 戦争に負けたことで、日本人の生活には大きい変化がありました。それまで、私たち子供らは、そして大人たちも、国でもっとも強い力を持っている天皇が「神」だと信じるように教えられていました。 その国がいまでは、私たちが戦争の被害からたちなおってゆくために、いちばん頼りになる国なのです。 敵だからといって、ほかの国の人間を殺しにゆく殺されてしまうこともある兵隊にならなくてよくなったのが、すばらしい変化だということも、しみじみと感じました。 それも、これまでの考え方、教え方は間違いだった、そのことを反省する、と私たちにいわないで、ごく自然のことのように、天皇は人間だ、アメリカ人は友達だと教えるようになったからです。 高い所から谷間を見おろし、ミニチュアのようなジープが川ぞいの道をやって来、豆粒のような子供たちの顔はわからないけれど、確かにHello!と叫んでいる声が聞こえてくると、私は涙を流していたのでした。 2 翌朝から、私は学校へ向かうと、まっすぐ裏門を通り抜けて森へ入り、夕方までひとりで過ごすことになりました。 私の家は、森の管理に関係のある仕事をしていたので、私が森の木の名と性質を覚えることは、将来の生活にためになるはずでした。 いまでも私の覚えている樹木のラテン名は、たいていこの時の実地の勉強からきています。 一方、学校に行っても、私が心から面白いと思う樹木のことに興味を持って、話し相手になってくれる先生も、生徒仲間もいないことはわかっていました。 雨はさらに激しさを増して降り続き、森のあちらこちらに、これまでなかった流れができて、道は土砂崩れしました。
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