西の魔女が死んだ。
四時間日の理科の授業が始まろうとしているときだった。
まいは事務のおねえさんに呼ばれ、すぐお母さんが迎えに来るから、帰る準備をして校門のところで待っているようにと言われた。
何かが起こったのだ。
決まりきった退屈な日常が突然ドラマティックに変わるときの、不安と期待がないまぜになったような、要するにシリアスにワクワクという気分で、まいは言われたとおり校門のところでママを待った。
ほどなくダークグリーンのミニを運転してママがやってきた。
英国人と日本人との混血であるママは、黒に近く黒よりもソフトな印象を与える髪と瞳をしている。
まいはママの目が好きだ。
でも今日は、その瞳はひどく疲れて生気がなく、顔も青ざめている。
ママは車を止めると、しぐさで乗ってと言った。
まいは緊張して急いで乗り込み、ドアをしめた。
車はすぐ発進した。
「何があったの?」と、まいはおそるおそる訊いた。
ママは深くためいきをついた。
「魔女が倒れた。もうだめみたい」
突然、まいの回りの世界から音と色が消えた。
耳の奥でジンジンと血液の流れる音がした、ように思った。
失った音と色は、それからしばらくして徐々に戻ったけれど、決して元のようではなかった。
二度と再び、まいの世界が元に戻ることはなかった。
「まだ::…」生きてるの、と訊こうとして、まいは思わず口をつぐんだ。
そして大きく息を吐いてから、「話ができるんの?」と訊いた。
ママは首を振った。
「電話がきたの。心臓発作らしいわ。倒れているのが発見されて、そのときはもう脈もなかったみたい。
解剖したいって、病院では言っているらしいんだけれど、あの人はそういうことは絶対嫌なタイプだから断ったの」そうだ、あの人はそういう「タイプ」だ。
まいは車のシートを後ろに倒し、腕で目の上を覆った。
ひどく体が重い。
衝撃だった。
悲しいというより。
それでは、これから六時間余り車で走らなければならないわけだ。
高速道路まで一時間、高速道路を四時間、高速道路から降りて一時間。
それだけの距離をミニで走るのはきつい。
地面を身体で測りながら這うように移動する車だから。
まいは腕をずらして、車のフロントガラスを見つめた。
雨がポツポツとそこに水滴を付け始めた。
ママはまだワイパーを動かさない。
昨日、テレビが梅雨入り宣言をしていた。
いや、テレビではなく、気象庁が。
雨はだんだん強くなり、窓越しの景色が見えにくくなった。
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