ストレートはどのくらい「真っすぐ」なのか?
通常の真っすぐの握り(フォーシーム)でボールを持ち、オーバーバンドで手首のスナップをきかせて投げた速球はバッターの手もとでホップしながらキャツチャーのミットに吸い込まれていきます。
この場合、ボールは本当に浮き上がっているのでしょうか?
答えは「ノー」です。
手短に言うと、強いバックスピンのかかっているボールは、同じスピートでプレートに向かうバックスピンのかかっていないボールに比べ、十五パーセントほど落下幅が小さいためホップしているように見えるのです。
アメリカ大リーグのジアマッティ・前コミッショナーの依頼でイェール大学の物理学者ポール・アデア博士が著した『べ-スボールの物理学』(中村和幸訳、紀伊国屋書店刊)によれば、時速一四五キロでプルートに向かうバックスピンのかかっていないボールは、十八・四四メートル進む間に引力の関係で実際には九十一センチ沈んでいろのだそうです。
それを真っすぐな軌道であるかのように思い込んでいるのは、引力によって生じるゆるい落下曲線を真っすぐなものと見てしまう習性が私たちの知覚に組み込まれているからです。
それは日本人宇宙飛行士がスペースシャトルの中で僚友とキャッチボールしょうとしたものの、いざ本当に真っすぐなボールを投げられると、飛んでくる軌道が全然わからず、お手上げだったことからも明らかです。
さて、時速一四五キロのバックスピンのかかっていないボールは一八・四四メートル進む間に九十一センチ沈みます。
しかしバックスピンのかかった一四五キロのボールは、十八・四四メートル進む間に揚力が生じるため沈み方が十三センチほど小さくなります。
しかも、その揚力は残り四・五メートルのところにきて急速に生じるので、バッターの手元に来てホップしているように見えるのです。
ここで皆さんに考えていただきたいのは、この十三センチ落下幅が少ないという事実です。
真っすぐが、異口同音に一番打ちにくい球といわれるのは、どの球種よりも速いスピードで投げ込まれるうえ、回転のいいボールほど手もとにきてホップする性質があるからです。
これを直径七センチほどのバットで打ち返すことは至難のワザです。
当たることは当たっても、回転のいいボール(俗にいう、キレのいいボール)は手もとにきてホップする幅が大きいので、打ちにいってもバットの上に当たってなかなか前に飛んでいきません。
しかし、スピンがうまくかかっていない場合(つまりボールのキレがイマイチなとき)は、十分ホップしないので、通常十三センチホップするのが十センチぐらいになってしまいます。
こんなボールを打ちにいけば、ちょうどバットの中心軸よりやや上の方でボールを把えることになるので、打球は快音とともに、面白いように遠くへ飛んでいきます。
速球派といわれるピッチャーがタマの回転を気にするのは、いいときは空振りとポップフライの山を築くのに、キレが悪いときは一転してポップフライがホームランになる危険性があるからです。
前述の『べ-スボールの物理学』によれば、バットがボールの中心線より五センチ下のところを把えれば、打球はバックネット後方の二階スタンドに飛び込むファールになりますが、ボールの中心線よりニセンチ下のところをバットが把えれば、打球は四十五度くらいの角度で外野に飛ぶ耐空時間の長いホームラン性の大飛球になります。
もし、これがボールの中心線より二・五センチ下のところに当たれば、五十度くらいの角度で打ち上げられた大きな外野フライになり、ボールの中心線より一・五センチ下のところをバットが把えれば、三十五度くらいの角度で弾丸ライナーとなって外野手の頭の上を越えていきます。
では、フォーシームではなくツーシームで握って投げた場合は、ボールにどのような回転が生じ、どのような軌道を描いてキャッチャーのミットに吸い込まれるのでしょう。
ツーシーマーは、ボールが三六〇度回転する間に縫い目が二回しか見えない空気抵抗の小さい回転軸を持って投げるのでバックスピンがほとんどかかりません。
これだと、もろに空気抵抗をうけることになるのでボールはバッターの手もとに来て沈みだし、ホップするボールより十センチから十五センチくらい低いところを通ってミットに収まります。
しかも、ツーシームの回転軸は、空気の微妙な抵抗で右にも左にも揺れる安定の悪い軸なので空気抵抗が大きくなるにつれ、予期せぬ変化をしながらプレート上を通過します。
このバッターの手もとでおじぎする速球を打ちにいけば、当然ゴロが多くなります。
この落ちる速球が急速に広まったのは、パワーヒッターがひしめくアメリカで野球がどんどん打者有利に作りかえられていったからです。
それに対するピッチャーたちの自衛手段が、フライの出にくい速球を投げることだったのです。
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