カフェ─小品集
 
  乙女に捧げるケフェ─巡礼 12軒の喫茶店で紡がれた、芳香と恋の物語集。カフェーデータ付  
著者
嶽本野ばら
出版社
青春出版社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2001/8/1
ISBN4−89998−0221−1
 

琥珀の中のバッハ みゅーず

赤い切妻屋根、ステンドグラスの飾り窓、青い鱗屋根の庇、煉瓦でデヨフティヴに装飾された壁。
京都は四条、高瀬川の傍らに停むこの名曲喫茶を初めて訪れたのは何時のことだったでしょう。
白い竪琴のジンボルが添えられた自動扉を開き、一階に空席があってもあえて二階へ。

階段の脇には黒い鉄製の音符の飾り、乱継ぎ張りの床板を静かに歩き、壁のあちこちに掛けられたルオーの複製を横目に、エンジ色の椅子に腰を下ろすと、黒いジッタなベストを制服にしたウェイターがオーダーをとりにやってきます。
強い香りが舌の上で転がるアールグレイのミルクティを、また飽きもせず、注文。

黒い柱が幾本も高い天井に伸びるこの内観は、よくよく考えればロッジふう。
しかし、灰かな照明に浮かび上がる静寂はロッジというよりチャペルの風情なのです。
或るデザイナーは悦びの数だけブティックは存在するといいました。

それならばカフェーは、きっと悲しみの数だけ存在するのでしょう。
否、正確にいうならば、悲しみの数だけもう二度と入ることのないカフェーが生まれるのです。
星の数ほどカフェーは存在するのですから、もう逢えない人との記憶に溢れたカフェーに、わざわざ行くことはない。

そうしてお気に入りのカフェーを見つけてはやがて封印していくことを繰り返す。
しかし、どんなに傷が重なろうと、封印出来ぬカフェーもまた、極めて稀ながらあるのです。
鳴呼、この古い名曲喫茶にどれだけ僕は悲しみを重ね塗りしてきたことでしょう。

それでもまだ、僕はここに居続ける。
もう京都を訪れることなど少なくなってきたのに、何故か僕はここに舞い戻る。
そう、僕だけが、何時も舞い戻ってしまうのです。

みゅ-ずの創業は昭和二九年。
床や備品はリニューアルしたものの、基本的な外装、内装は当時のまま、今に至るのだといいます。

「この古びた店に拘わってる訳ですか?ビルにしたくともこの辺りは都市計画の規制があってね。それにこんなタイプの喫茶店なんて儲かりませんから、改装したくとも出来ない。これが自分の土地でやってるのでなければ、テナントならば、とうに潰れているでしょう」父親からお店を引き継いだオーナーはそう語ります。

 

 

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