現代百物語 新耳袋 第六夜
 
  人がいるかぎり、闇があるかぎり、怪談は生まれつづける。現在も進行中の怪異を収録する、シリーズ最新作  
著者
木原浩勝 中山市朗
出版社
メディアファクトリー
定価
本体価格 1200円+税
第一刷発行
2001/6/6
ISBN4−8401−0290−2

第一章 守にまつわる十二の話

第一話
乳母車

私の母親がある時こんなことを言った。
「お前は、何かに守られとるみたいやで」
私がまだ赤ちゃんだった頃のこと。

母が私を乳母車に乗せて買い物にでかけた。
坂道の途中にある洋品店に入った。
「あらッ大変!」

とお店の人が血相変える。
振り返ると、止めておいた乳母車がない。
あわてて表に出ると、坂道を乳母車が私を乗せたままカラカラと下っていく。

「ああ、どうしょう!」
母は走るが、乳母車が加速して真っ直ぐに下りていく。
その先は県道との丁字路で車が行き交っている。
そしてその先は川。

ガードレールもない。
このままでは車と衝突するか、勢いで下の川に転落する。
『誰か、あれを止めて !』

あっと言う間に県道を横断し、そして川に転落する直前に、数センチの差で私は生きている。
乳母車はピタリと止まった。

 


第二話 置き石

私が小学生の頃のこと。
家族とニュースを見ていた。
線路の上の置き石が原因で、脱線事故が起きたというもの。

「悪いことする奴っちゃなあ」と私がつぶやくと、父と母の目が私に向けられた。
「えっ ? なに」
「あんなに叱られたのに、なんで覚えていないの」と母。

あまりにきつく叱られたせいだろうか、まったく覚えていなかった。
こんなことがあったらしい。
私は兵庫県の尼崎市にある社宅で育った。

近くに武庫川という川があり、そこを渡る今のJR、当時は国鉄東海道本線の長い鉄橋と、それと交わる土手に踏切があった。
当時、四歳か五歳の私は、近所の小学生たちに連れられ、その踏切のレールの上に釘や五円玉を置いて。ヘチャンコに変形させたり小石をレールの上に置いて電車がそれを粉々に砕く遊びに熱中していた。

ある日、幼い私はヘルメットに作業服姿の男性に連れられて帰ってきた。
「この子はおたくのお子さんですか」
「ええ、うちの子が何か?」

「えらいことしよったんや。叱ってやんなさい」
事情を聞くと、この人は作業を終えて、鉄橋を渡って対岸の西宮市側に帰ろうとしていたらしい。
ところが、はたと、何か大事な忘れ物をしたことを思い出した。

鉄橋を歩いて尼崎方面へ戻った。
ところが、渡り切って踏切に出た途端に一体忘れ物とは何だったのかを思い出せなくなった。
あたりを見回していると、踏切の脇に私がいた。

レールの上に小さい石を置いて、次にそれよりやや大きい石を置いて、だんだんと大きな石を並べている。
そのうえ「よっこらしょ」とばかりに両手で抱え上げるほどの石を持ち上げて線路に置こうとしていた。
「こら、何しとるんや !」

この作業員は、あわてて私のところに走って石を取り上げると、ひどく叱りつけた。
そして家まで案内させたのだという。

「あんな大きな石、電車が踏んだらひとたまりもない。大事故になるとこや。そやけどな、あんたんとこの子、ごっつい運がええで。こんなことわしもはじめてや、ほんま大惨事になってたとこや」

その後、私は父親からいやというほど殴られたらしいが、私はまったく覚えていない。
母親は、何かがこの子を守ってくれた、と思ったらしい。

 

 

 

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