ルー=ガルー  忌避すべき狼
 
  近未来少女武侠小説 無機的な都市の荒野を少女が走る! 21世紀半ば。清潔で無機的な都市。仮想的な均一化した世界で、14〜15の少女を狙った連続殺人事件が発生。リアルな”死”に少女たちは覚醒した。  
著者
京極夏彦
出版社
徳間書店
定価
本体価格 1800円+税
第一刷発行
2001/6/30
ISBN4−19−861364−8

001

昔、狼というけだものがいたそうだ。
画面で観てみると、犬とどこが違うのか、というようなものだ。
牧野葉月は神埜歩未の背中を見ながらそんなことを考えている。
どうしてそんなことを思いついたのかは葉月にも解らない。

意味はないのだ。
その証拠に、ついさっきまで葉月は登校服の生地は厚くて動きにくい、というようなことを考えていたのだから。
ヴェリーショートの髪。
黒い髪と白いカラーに挟まれた、シャツより白い歩未の項。

登校日にはいつも見る。
見慣れた景色である。
髪伸ばさないのと葉月は話しかける。

ねえ、ともう一度声をかけると歩未は振り返る。
長い睡に縁どられた、小鹿のような瞳だ。
「けものの匂いがする」膝を抱えた歩未は葉月の無為な問には答えず、もう一度前を向き直してからそう言った。
「けもの?」

「何かやだ」
歩未は膝の上で組んだ腕に顔を埋めるようにしてそう答えた。
葉月は座ったまま前に出る。

「何ぞれ?けものの匂いなんて嗅いだことない」
「僕もないよ」そっけなく歩未は答える。
じゃあ何で判るのと問うと、歩未は右腕をすっと出した。

白くて細くて靭な腕。
よく解らないけど女の子の腕だと葉月は思う。
そして葉月は鼻を近づける。

「別に匂いしないよ。身体洗剤の匂い」
「そう」歩未は腕を戻して再び膝を抱えた。
遠くを見ている。

葉月は更に前に出て、歩未の横に並んだ。
端正なという月並みな表現が似合う、凛とした横顔である。
「何がけものなの」

「よく解んないよ。そう思っただけ」歩未は眼を伏せる。
葉月は逆に、歩未がそれまで見ていた方向に視線を投じる。
覇気のない燻んだ街並み。

その先に─動画スティックみたいな何本かのビル。
つまらない。
動きもしない。

歩未は何を見ていたのか、たぶんただ遠くを見ていたのだろう。
対象物を見るのではなく、ここからそこまでの距離をこそ見ていたのだ。
モニタに距離はないから。

暫く黙って空気だの風だの、見えもしないものを見た。
葉月と歩未はコミュニケーション研修が終わった後、必ずこの場所に座って無為に景色を眺める。
カリキュラム終了後はすぐに帰宅するように指導されてはいるのだが、真っ直ぐ帰る者は殆どいない。

普段から出歩いている連中はそのままどこへでも行くようだし、滅多に自宅から出ない者達にとっても週に一度の登校日は屋外に出られる或は引っ張り出される日になる訳だから、これは仕様がないと思う。
指導員達もある程度は見逃しているような節がある。

そもそもコミュニケーション研修というのは社会性を養うという目的の下に行われているものなのだそうだから、少し街をふらつくくらいはいいだろう─という見方もあるようだ。
でも。
ふらつく程度のことしかできないのだけれど。街には何もない。

リアルショップに陳列されている商品はやたら高級だったりマニアックだったりするだけだから、興味もないし、とても子供に買える値段ではない。
飲食店は監視が厳しいからつまらないし、長居をするだけ料金もかかる。
アミューズメントに行く者も少しはいるようだが、モニタが大きいというだけでメニューは自室のそれと変わりがない訳だし、遊んでいるのは大半が大人だから子供は遊びにくい。

だから大方の者は公園でスポーツ競技の真似事をしたり、あちこちで屯してだらだらと会話を交わすだけなのである。
他愛もないものなのだ。
もっと不道徳なことをしょうと思えば夜まで待たねばならないし、ならばわざわざ登校日を選んですることもないのだ。

 

 

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