平成講釈 安部清明伝
 
  清明 vs. 道満 京を揺るがす呪法合戦 !  
著者
夢枕 獏
出版社
C・NOVELS 中央公論新社
定価
本体価格 1000円+税
第一刷発行
2001/4/15
ISBN4−12−500708−X

まずは口上のこと
春であります。
うるわしき春であります。

光風動春。風光りて春動く季節。
水色の窓に寄りかかりて、独り嬉しきことを想い、気ままなる旅になど出てみたくなる春であります。
平成八年三月、弥生の頃─。

帝都の風水ぬるみ、今まさに蕾ほころびかけんとする桜の頃、ここに、ようやくこのお噺をば始めることができますのも、天真欄漫、春爛漫、まことに感慨無量のことであります。
そもそも、この物語を書こうと思いたちましたのは、今を去ること五年前。

本来であれば『小説中公』というお座敷で、一席うかがうことになっていたのでございます。
しかし、まだその機熟さず、卵を抱く親鳥のごとくにこのお噺を温めておりますうちに、ようやく準備整い、ではいよいよ平成八年の新春からと心、づもりをしておりましたところ、なんと、この予定していたお座敷『小説中公』が僅くも休刊とは、あいなってしまったのでございました。

栄枯盛衰は世のならい。生者必滅、会者定離。
よどみに浮かぶ水泡は、かつ消えかつ結びて久しく止まりたるためしなしとは、鴨長明の『方丈記』の言葉でありますが、世の中の人も出版物も、またかくのごときものなのでございます。無常が世の理とは申せ、いや弱ったなあ、困ったなあと思案しているところへ吉報が入り、お座敷を『小説中公』から『中央公論』へと移してやりましょうということになり、とんとんと話がまとまって、本日の口上とはなったのでありました。

さて─。
本日、これよりわたくしが、皆さまに講釈いたしまするお噺は、本朝が生みましたる稀代の陰陽師、安倍晴明公の物語でございます。
名づけて「平成講釈安倍晴明伝」。

この安倍晴明公、いかなる人物であるかと申しまするに、ただいま紹介いたしました通り、職業は陰陽師でございます。
ではこの陰陽師とは何であるかということでありますが、何分にも千年以上も昔の職業でありますので、わたくしにも、すぐにはよい楡えが思い浮かびません。
超能力者、というのとはちょっと違います。呪術師、というのとも、似てはおりますがやはりどこか違うようです。

技術職ではありますが、学べば誰でもその技術が身につくというものでもありません。
ちなみに、百科事典で引いてみますと、次のように記載されております。

【陰陽師】(おんみょうじ)
「おんようじ」ともいう。大宝令の制で陰陽寮や大宰府に置かれた方術専門の官人。
占筮や地を相して吉凶を知ることをつかさどったが、平安時代になり陰陽寮のつかさどった天文、暦数、風雲の気色をうかがう方術を陰陽道とよぶようになると、陰陽師もそれらの方術を使う者すべての名称となった。

平安中期に賀茂忠行が出てこれを世業化して賀茂家というが、子の保憲系統は暦道を中心とし室町中期から勘解由小路家、ついで幸徳井家とも称した。
忠行、保憲の高弟の安倍晴明の流れは天文道を主とし、室町中期以後は土御門家という。
これを求めたものは古代の貴族層のみならず、中世以後は武家、近世になると庶民にまで広がった。『日本大百科全書4』(小学館)

いやはや、これではますます何のことやらわからなくなってまいりました。
ま、手っとり早く言ってしまえば、主に平安時代、朝廷に仕えていた職能占い師─こんな風に理解しておいていただければ、ひとまずはよろしいかと思われます。
たとえば、貴人が外出するおりに、方位を観、その方角があまり良くないものであれば、いったん別の場所へと移動し、そこから目的の場所へとあらためて移動するという、方違えというやり方を指導したりするのが、この陰陽師であります。

空手の技でいえば三角飛び、あるいは、本命の女の子に最初は声をかけず、隣りの女の子に声をかけて気を引いておいてから、やおら目的の女の子に声をかけるというのも、この方違えの一種でございましょうか。

近頃、眼にしたり耳にしたりする言葉に、風水というものがあります。この風水、中国に生まれた概念、あるいは技術のことで、香港などには今も風水師と呼ばれる人たちがいます。
この風水師は、陰陽師という職能師たちと非常に近い存在と考えてよいでしょう。風水師は、山や水が造り出した大地の気脈を観たりします。
中国的な思考によれば、もともと、人間の身体には、気というエネルギーが流れているということになっています。

 

 

 

・・・・続きは書店で・・・・

http://www.books-ruhe.co.jp/ ****** ・・・・・・HOME・・・・・・