秘密屋 赤
 
  ホント ?の話 ! 都市伝説 なあ。教えてくれないか。いいだろ ?気になる。 「秘密屋」って、なんだ ?  
著者
清涼院 流水
出版社
講談社NOVELS /講談社
定価
本体価格 500円+税
第一刷発行
2001/4/5
ISBN4−06−182179−2

絶対に本当の話−。

お前……いつも俺に言ってたよな。
なにか面白い話ないですかね?って。
この前、お前好みのヤバイ話を聞いたんだ。

俺の彼女の友達が、実際に体験したヤバイ話だ。
誰の身に起こってもおかしくない、ヤバイ話だ。
他人事じゃないから、マジでヤバイ話なんだ。

俺の彼女の友達。
その女の子は、俺の彼女と同じ女子大に通ってる子だ。
いや、本人から直で聞いたわけじゃない。

知ってるのはその子の名前だけで、俺も会ったことはない。
ただ、その子は決して嘘をつくようなタイプじゃないらしい。
その子と親しい俺の彼女から又聞きした、最近あった本当の話だ。

1か月も経っていない少し前のことだから、お前も憶えているんじゃないか?
冬も終わっていないのに妙に蒸し暑くて、例によってマスコミが「異常気象です」と大騒ぎしてたあの日のことだ。
春を通り越して初夏の気温だったその日の昼間、俺の彼女の友達は、マンションの彼氏の部屋に2人でいた。

2人でどこかに行く約束だったのに、蒸し暑いから部屋で涼もうってことになったらしい。
で、部屋に帰ってきた時、ドアには鍵がかかっていなかったんだな。

そのマンションの1階にオートロックのドアがあったこともあって、彼氏は近所に出かける時とか、滅多に部屋に鍵をかけなかった。その日のようにデートで丸1日留守にする時なんかでも鍵をかけ忘れてることは多く、2人とも、特に不審には思わなかった。

朝、出かける前、彼氏の方は鍵をかけたつもりだった。
ただ、そいつは記憶力が悪い上に、細かいことを気にしない性格だった。

勘違いだろう、程度に考えていた。
窓を網戸にして、彼氏は換気して出かけていた。それでも、6畳1間のワンルームマンションの室内は空気の流れがなく、冬とは思えないほど蒸し暑くて、不快だったらしい。
帰ってくるなり彼氏は冷房をつけた。

しばらく使ってなかったので、冷房の風は挨っぽい臭いがして、その女の子は少し息苦しくなった。
部屋に入った時から男の部屋特有の饒えた臭いで気分が悪くなっていたけど、季節外れの軽い暑気あたりだろう、程度に考えていた。
最初は。

ろくに掃除もしていないから、足の踏み場もないほど彼氏の部屋は汚く、服とか雑誌とか、とにかくいろんなものが室内のあちこちに散らかっていた。
それでも勝手知ったるなんとやらで、女の子は床の一角を片づけて、座った。
彼氏の方は「暑い暑い」なんて言いながら、アイドル歌手のポスターなんかが貼ってある壁際のベッドの上で胡座をかいた。

それからしばらく……5分ぐらいかな?
2人はとりとめのない話をした。
最近は異常気象が多いよな、とか。

こういう日はどこにも出かけずに部屋で涼むに限るよね、とか。
どうでもいい話が続いていたんだが、急に、女の子が「アイスクリーム食べたい」と駄々をこねた。

部屋に帰って5分ほどだったから、冷房をつけていても、まだまだ部屋は蒸し暑かった。
彼氏としてもアイスは魅力的だったが、コンビニに買いに行くにせよ、どうせなら、少し涼んだ後が良かった。

彼氏は「待ってくれ」と言ったが、いつもは聞きわけのいい女の子が、その日は、なぜか譲らない。
次第にヒステリックになって、「どうしてもアイスが食べたいの、今スグ」と、わがままを言う女の子を、彼氏は次第に鬱陶しく思い始めてさえいた。
そんなに買いに行きたいなら、行けばいいだろ。

もちろん、俺のぶんも買ってきてくれるんだろ。

喉元まで出かかった嫌味な言葉をかろうじて彼氏が飲み込んだのは、女の子の目とか表情が、シャレにならないほど切羽つまっていたからだ。
鈍感な男も、ようやく、なにか変だと気づいた。

あくまで不承不承という感じで、女の子に続いて男も部屋を出た。
その時もやっぱり、ドアには鍵をかけなかった。

マンションの外に出て、コンビニの方へ歩き始めた男を、女の子は、少し離れた場所まで引っ張って行った。
女の子の鬼気迫る様子に気圧され、戸惑いながら、男は「どうしたんだよ」と訊いた。

女の子は神妙な顔で、声をひそめて男に告げた。ミッドの下に……斧を持った男の人がいたの」
真っ青になって、男は瞬時に凍りついた。
女の子が嘘をついている様子はなかった。

彼氏が尻ポケットに突っ込んでいた携帯電話で、2人はスグに110番通報した。
事情を説明したので、パトカーは、サイレンを消してマンションの前までやって来た。

制服警官が中に乗り込んだ。
女の子の話は、嘘じゃなかった。
彼氏の部屋のベッドの下には、まだ男がいた。男は、本当に斧を持っていた。

その後の調べで、そいつは精神病院を脱走した男だとわかった。
そのカップルがベッドに入ったら、Hで盛り上がっているスキを衝いて斧で殺してやるつもりだった、と男は告白した。

オートロックも安心できない、ってことだ。
その気になりゃ、誰だって入って来れるだろ。
俺たちも気をつけなきやな。

明日は我が身だ。お互い、戸締まりには注意しようゼ。


揺らぐ本当の話─。

斧を持った見知らぬ男が、ベッドの下に……。いわゆる「ベッドの下の斧男」の話をぼくが大学の先輩から初めて聞かされたのは、もう5年ほども前のことで、今となっては懐かしい想い出です。
それまでも「都市伝説」という言葉は知っていました。

が、当時は「巷を流れる怪しげな噂」程度の認識しかなく、スグに「斧男」の話や「都市伝説」に興味を示したわけではありませんでした。
陳腐な二元論は好きではありません。

それでも、「世の中にダマす人間とダマされる人間の2種類しかいないなら、自分はダマされる側だ」などというありふれた言い回しを思わず使いたくなるほどに、ぼくは「斧男」の話に強い衝撃を受けました。

話を聞いてから数か月間、ぼくは「斧男」の話を信じて疑いませんでした。
言いわけめいた自己分析を試みるなら、それまでも同じ先輩から多くの奇妙な「誰かの不思議な実体験」を聞いていた、という背景は無関係ではないと思います。
ぼく自身も、その先輩も、自分の好奇心に忠実に行動していたせいか、当時はよく、いろいろと変な事件に巻き込まれていました。

「類は友を呼ぶ」のか、周囲には、そんなトラブルメイカーが何人もいて、飲み会の席などでは面白おかしすぎる「誰かの不思議な実体験」に事欠かず、「斧男」の話を受け容れる土壌は充分に整っていたのです。

当時ぼくが住んでいた場所の近くに、話に登場した精神病院が実際にあったことも、想像をリアルにするのに一役買ったのは間違いありません。
後にからくりを知れば、それこそが「都市伝説」の心理的陥穽の典型例なのですが、そうと知らないぼくは、見事にかつがれてしまったわけです。

すっかり「斧男」の話を真に受けたぼくは、幾つかの集まりで、先輩からスゴイ話を聞いちゃった」と切り出し、気がつけば自ら「斧男」の伝播に多大なる貢献をしていました。
どこで話しても「斧男」の話は評判が良く、調子にノッて、ちょうど先輩がそうしたように、ぼくは方々で話しまくりました。

俺たち……いつもみんなで言ってるよな。もっと面白い話はないモンかな?って。
この前、お前たち好みのヤバイ話を聞いたんだ。先輩の知り合いが、実際に体験したヤバイ話だ。誰の身に起こってもおかしくない、ヤバイ話だ。他人事じゃないから、マジでヤバイ話なんだ。
ぼくから話を伝えた誰かが「斧男は都市伝説だ」と知っていれば、「なんだそうなのか」と、笑い話で済んだかもしれません。

ところが、幸か不幸か、それまでに真実を知っていた者はいませんでした。
そして……真実を知る瞬間がやってきました。初めて「斧男」の話を聞いてから、数か月後。ある日の夜、同じ先輩と電話で話していた時。

「それにしても……例の斧男の話はスゴかったですよね。どこで話してもみんなビビりまくって、興味を持ってくれるから話し甲斐がありますよ」
「だろ?俺も、どこで話しても反応いいからな。でも……言いにくいけど、あれ、嘘だったんだ」

その時、受話器を握りしめながら、足下で地面が喪失するような感覚に襲われました。
「ええっ!?嘘、って……?」
「真っ赤な嘘だった。斧男なんていないんだ」

「真っ赤な嘘……」
「斧男だけじゃない。あの話に出たカップルも存在しない。すべてがデタラメだ。俺もかつがれた」

大げさに言えば、死刑宣告を受けたようでした。
信頼する先輩から「絶対に本当」として聞いた話だからこそ、客観的に見れば荒唐無稽な「斧男」の話でも信じられたのです。

その当の先輩から「あれは嘘だったんだよ」と言われた時、ある種の裏切られた感を味わわされたのは事実でした。
リアルなイメージで頭に浮かんだ「斧男」という存在は、真っ赤な嘘。
そればかりか、話に登場したカップルの存在までもが、真っ赤な嘘……。

唯一の救いといえば、「俺もかつがれた」と言う時の先輩の声にも苦渋が感じられたことです。
先輩の言葉にも、敗北感が惨んでいました。

ダマされたのは自分だけではない。
とはいえ、衝撃は大きく、人生観を激しく揺さぶられるほどの体験でした。
絶対に本当の話−として聞いた真実の体験談。

揺らぐ本当の話−信じた世界が反転する衝撃。
その「斧男」
の一件が、すべての発端でした。

ぼくも、先輩も、それ以後、「都市伝説」に強い興味を示すようになりました。
「斧男」の話に見事にダマされた過去も、約5年が経過した今となっては、ビター&スイートのいい想い出です。

「斧男」と出会っていなければ……あの時ダマされていな」れば……「都市伝説」というものに関心を持たなければ……たぶん、ぼくは今でも出会えていなかったでしよう。
今お話ししている、この「絶対に本当の話」に。
この、「秘密屋」を巡る、現代の真実の物語に。

 


彼女と本当の話−。


真っ赤な嘘だった。
斧男なんていないんだ。
斧男だけじゃない。

あの話に出たカップルも存在しない。
すべてがデタラメだ。

俺もかつがれた。
すっかりダマされていたよ。お前だけじゃない。俺も、俺の彼女も。

いや……かつがれた、ってのは少し違うかな?
お前や俺がそうだったように、あの話を誰かから誰かへ伝える者たちはみんな、たいてい話を真実と思い込んでいる。

これは、誰かが誰かをダマそうとしてダマすケ−スじゃない。
あの「斧男」の話は、どうも典型的な「都市伝説」だったらしいんだ。

お前とは別の後輩の家に、俺が遊びに行った時。ちなみに、そいつには「斧男」の話はしていなかったんだが………俺は、本棚に1冊の本を見つけた。
現代社会に浸透している、うさん臭い噂ばかりを集めた本だった。

後輩の家には、その時、他の奴も何人かいた。
みんなが深夜のバカ話で盛り上がっている時、なぜか、フトその本を手にした。

中を開いてみた。すると……まったくの偶然だが、たまたま開いたページに、俺の彼女の友達とやらが体験した事件が……実際に起こった「絶対に本当の」はずの話が……「都市伝説」として紹介されていた。

正直に言って、最初は、わけがわからなかった。
どうして、俺たちのスグ身近で起こった「斧男」の話が「都市伝説」の本に載っているのか、最初は混乱して理解できなかった。

俺にとっては、飲み会どころじゃなかった。
ろくに事情も説明せず、俺はスグ、後輩からその本を借りて部屋に帰った。

前日から眠ってなかったのに、眠けは吹き飛んでいた。
貪るように読み進んだよ。
次の日、朝1番で近所の大きな本屋へ足を運んだ。

ややマニアックな専門書だったから、ふつうの本屋にはないだろうと思った。
大きな本屋で、俺は、借りた本のシリーズを何冊か見つけた。

衝動的にぜんぶ購入した。
痛い散財だったが、後の、心配より好奇心が勝った。

数日後に後悔したが、少なくともその時は、金欠になるのも気にはならなかった。
何冊かの「都市伝説」専門書を読んだことで、俺は確信できた。

俺が彼女から又聞きした「斧男」の話は完全なデタラメなのだと。
それでも、念のため彼女自身に訊いてみた。

あれは「絶対に本当の話」なのか?と。
彼女に、「斧男」のエピソードが載っている本も見せた。
お前や俺が戸惑ったように、本を見た彼女も、「わけがわからない」という顔をした。

自分の友達が体験したヤバイ話が、「都市伝説」の一例として紹介されていることに、彼女は混乱していた。
「どうして、あの子の話がこの本に載ってるの?」と、彼女は驚きを隠そうともしなかった。

その本には、「斧男」の事件に遭遇した人物の体験談が載っていた。
ただし、その人物は、俺の彼女の友達などではなく、まったく別の地方で年齢も離れた、知らない名前の奴……赤の他人、だった。
彼女も真実を知らなかったのだと確認できて、俺は、不思議な安堵感を覚えた。

彼女は、「斧男」の話を完全に信じ込んでいた。
「絶対に本当の話」と信じて疑わなかった。

だから、彼女を信じていた俺もダマされた。
俺を信頼してくれたことで、お前がダマされた心理とまったく同じだな。

俺の話を、お前は憶えているか?
俺は「斧男」に遭遇した女の子のことを、こう話したはずだ。

俺の彼女の友達。その女の子は、俺の彼女と同じ女子大に通ってる子だ。
いや、本人から直で聞いたわけじゃない。
知ってるのはその子の名前だけで、俺も会ったことはない。

ただ、その子は決して嘘をつくようなタイプじゃないらしい。
その子と親しい俺の彼女から又聞きした、最近あった本当の話だ。
確かに、俺は、彼女と同じ女子大に通うその子の名前を知っていた。

会ったことはないが、名前だけは何度か話に出たので知っていた。
もちろん、そういう名前の子は実在する。
ただ、そういう名前の子が現実に「斧男」に遭遇したわけじゃなかった。

「斧男は都市伝説だった」と知った後に、彼女は正直に告白してくれたよ。
俺の彼女も、親しい友達の実体験を本人から直で聞いたわけじゃなかった。

彼女の友達から、さらにその友達の話を又聞きしただけだったんだ。
彼女が名前を出した友達……俺も名前だけ知っていた子は、「斧男」に遭遇していなかった。
その子の友達が体験した事件を、彼女が勝手にその子の話にアレンジして俺に伝えていたんだ。

親しい友達の身に実際に起こった大事件……ではなく、「友達の友達の実体験」というのが曲者で、厄介な「都市伝説」の根本的な問題点だった。
お前も、まずは、
読めばわかるはず。読んでみることだ。

 

 


 

 

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