シックス・センス 生存者
 
  なぜ、僕ばかり ・・・・ 再び始まる恐怖と感動の物語 *** ”使者を見る能力”を持つコール少年を戦慄させる新たな事件 飛行機墜落を目撃したコールの前に現れる死者の群れ。墜落は事故か故意か!?***  
著者
デイヴィット・ベンジャミン
出版社
竹書房文庫/竹書房
定価
本体価格 590円+税
第一刷発行
2000/12/22
ISBN4−8124−0701−X

小児精神科医マルコム・クロウとの出会いから一年−“死者を見る能力”を持つ少年コール・シアーは、いまだ戸惑いながらも自らの能力を受け入れ学校生活を送っていた。少ないながらも友人もできたコール少年は美術の課外授業中、偶然にも飛行機墜落事故を目撃してしまう。そして彼の前に再び死者たちが現れる……。首の折れたロシア人テロリスト、お互いの恋人を探して彷徨う男女、そして唯一の生存者である少女の姉……。果たして飛行機墜落は事故なのか故意なのか?コール少年の“シックス・センス”によって、謎は解明されるのか─。

プロローグ

北から吹きつける雨混じりの突風が収まったある日、古都フィラデルフィアに意地の悪い寒さをもたらした冬将軍は、束の間の休戦を宣言した。
雲一つなく晴れ渡った青空の下で、人々はコートのボタンを外し凍えた表情を緩め始める。

冷たい湿気にいじめぬかれた石造りの建物や街路樹も、待ちわびた太陽のぬくもりを享受して色めきたった。口々に交わされる挨拶の言葉には、厳しい寒さを共に堪えたシンパシーがあふれ、もう遠くないところまでやって来ている春への期待が感じられる。

毎年繰り返されるこうした営みの中で、最も輝きを放つ季節。人も街も、徐々に新鮮な生命力に満たされていく。フィラデルフィアは、ぺンシルバニア州に属する米国屈指の大都市である。そして、若き大国アメリカにおいて、ある種独特な雰囲気を持つ数少ない歴史の街の一つだ。

一七七六年七月四日、まさにこの地でアメリカは独立を宣言し、一七九〇年から一八○○年には首都でもあった。人々は、この街の歴史にプライドを持ち、由緒ある街並をこよなく愛した。

だからこそ、隣接する大都市ニューヨークの変化と不条理と活気にあふれた凄まじいパワーも、古都の北の州境を侵食することなく留まっているのかもしれなかった。
そんな歴史の街に点在する美しい建造物の一つ、フィラデルフィア・ミュージアム・オブ・アート(フィラデルフィア美術館)の駐車場に一台のスクール・.バスがやってきた

州東部から南東に流れるスクールキル川の畔の広大な敷地。その豊かな自然に囲まれた芸術の殿堂の前で、黄色と黒で鮮やかに色づけされた小型,バスは、さながらプラスティック玩具のようである。

油圧式ドアが気怠い音をたてながら開くと、中からは小学生たちが数十名、我先にと飛び出してきた。手に手にノートと鉛筆を持ち、じゃれ合う彼らは、退屈な学校の教室から逃れ、狭いバスの空間から解放され、早くも校外学習第、一回目のエキサイト・タイムに突入しているところだった。

久しぶりに広がる冬の青空も、彼らの気分をいやが上にも盛り上げている。黒いブレザーにタータンチェックのネクタイ、グレーのズボン、同じくグレーのプリーツ・スカート。
制服の胸には校章が誇らしげに縫い付けられている。セント・アンソニーズ・アカデミーは、静かな環境の中で質の高い教育を受けさせようという親たちの思惑の下、ペンシルバニァ州ばかりか全米各地から良家の子供たちが集まり机を並べる名門私立校なのである。

はしゃぎ回る生徒たちを引率しているのは、三十代半ぱの男性教師だ。広い額と奥まった目、痩ぜた体格、いかにも神経質そうな風貌である。
「皆よく聞きなさい!」彼は名簿のバインダーを高く振り上げ日差しをさえぎりながら、解放感に浸る小さなモンスターたちを見回した。

「絶対に勝手な行動はしないように!いいですね?君たちは遠足に来ているわけではありません。これはあくまで美術の授業なんですよ」
「分かりました。レトリン先生!」生徒たちは慣れた口調で返事をした。何回も繰り返してきた決まり文句は、たとえ”大きな声ではきはきと”してはいても信用できない。彼らが既に心ここにあらずであり、美術の授業などほとんど頭にないことは明らかだった。

そんな早春の日溜まりのように明るい九〜十歳の少年少女たちに混ざって、一際小柄で色白の少年がいた。
鳶色の瞳は年齢にそぐわないほど静かで、何もかも見通すような不思議な光を湛えている。

周りの生徒たちより小柄であるにもかかわらず、なぜか彼だけがずっと年上に見えてしまう。コール・シアーは今、子供たちの笑い声の輪の外に立ち、教師の肩の向こう側をじっと見つめているのだった。

トリン先生は一本の大きなポプラの樹を背にして立っている。コールはうつむき、深いため息をついた。先生が今日の予定を発表している間、彼は足元に行列をつくるアリの一群を眺めることにした。

だが、先生を無視していないことを示すため、時折小さくうなずく仕草を付け加えることも忘れなかった。注意されて「何をしてる?」と問いただされでもしたら、どう答えればいいのだ。あの樹で首を吊った男の人が、長い舌をペロリと吐き出しながらこっちを見ている、と言ったところで一体誰が信じてくれるだろう。

無数のクモが首筋を這い回るような感覚が、彼をひどく憂欝にさせた。以前なら、スクール・パスから降りることもできないほど怯え、パニック状態になっていたに違いない。
そして、あの頭蓋骨から飛び出しかけた血走った眼球を、幾晩も夢に見続けたことだろう。でも今は、こうして平静を装うことができるようになった。これは彼にとって、大きな変化である。いや、前進といってもいいはずだ。

しかしだからといって、まったく平気になったわけではない。ただ”人には見えないものが見えてしまう”ことを、前ほど嘆かなくなったというだけのことだ。彼の世界には、まず生きている人間とそうでない人間の二種類が存在していた。老若男女、人種、国籍……生きとし生ける様々な人々。ただでさえ複雑な世の中を、彼は望まざる能力を生まれ持ったことで、より複雑なものにしてしまっていた。それは幼い子供にとって、あまりに酷すぎる責め苦だった。一年前、ある人物が現われるまでは。
そして彼は、もうコールのそばにはいない。

「やあ、コール!」突然、肩をたたかれコールは飛び上がった。「ジェイソンか……」コールは心臓の鼓動がおさまるのを待った。
「どうしたの?」ジェイソンは真っ青なコールの顔を心配そうに見つめている。

「なんでもないよ、ただちょっと驚いただけさ」クラスで一番背が高く体格のいいジェイソンを見上げながらコールは笑顔をつくって見せた。
三年生の新学期にニューヨークから転校してきたジェイソンは、州のリトル・リーグで活躍するスター選手だ。もちろん、学校の野球チーム”イーグル・フェローズ”でも上級生を押し退けてキャプテンで四番打者。

コールの母親リンが”バンサム君”と称する彼の顔立ちは、緩やかにカールした茶褐色の髪と、幼いながらもしっかりとした顎の骨格、そして人なつこい黒い瞳で華やかに彩られている。
明るく豪快で誰にでも好かれる彼は、瞬く間に人気者となっていった。一方、学校で唯一の芸能人トミー・タミシーモは、セキどめシロップのコマーシャル出演に飽き足らずソープオペラ(昼メロ)のレギュラー出演を始めており、学校へ来ることが少なくなっていた。

当人曰く……「一流俳優は、みんな私生活を犠牲にするものさし。その結果、彼は校内のスターの座を、いとも簡単に奪われてしまうこととなった。今では、女生徒たちの熱い視線はシェイソンに注がれているのである。そんなジェイソンが野球チームに入らないかとコールに声をかけたのは新学期が始まって間もなくの事だった。
最初は戸惑っていたコールも、彼に手を引かれるようにしながら、とうとうイーグル・フェローズの練習に参加するようになったのである。いじめっ子トミーの顔を毎日見ずにすむようになったことに加えて、野球を始めたことはコールを今までになく幸せな気分にさせた。

汗をかいて走り回ること、仲間と冗談を言い合うこと、すべてが彼にとって初めての経験だった。とうていレギュラーにはなれないが、練習は楽しい。彼はそれで満足だった。
グラウンドの土にまみれて白いボールを追っているうち、嫌なことはだんだんと薄れていく。グローブをはめオイルの染み込んだ皮の匂いを嗅ぎながらキャッチボールをする時、自分がごく普通の小学生であることを感じることもできる。彼は野球が好きになった。

というより、ジェイソンが好きになった。
「プランがあるんだ」ジェィソンは日に焼けた顔に、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「プランって?」コールは首筋のクモの大群が去っていくのを感じていた。
「それは後のお楽しみさ」「教えてよ」コールは笑いながらジェイソンの顔をのぞき込んだ。

友人が”プラン”をうちあけるのに時間はかからないだろう。今、彼は話してしまいたくてうずうずしているに違いなかった。
「じゃあ、ちょっとだけ教えて」コールの駄目押しの一言で、ジェイソンは益々上機嫌になっていった。
「そうだなあ……どうしょうかな」ジェイソンは、ゆっくりと腕組みをした。

「まだランディやエドワルドには言っちゃ駄目だよ。君だけに教えるんだから」
「うん、分かった」ジェィソンは腰を屈めコールの耳に口を近づけた。
「鬼ごっこさ」そう言うと、得意げに辺りを見回す。

「どこで?いつやるの?」コールはレトリン先生の視線が気になった。
「これから、美術館の中でだよ」
「校外学習中にやるの?」コールは目を見開いた。

「そう、そういうこと」ジェイソンの笑顔が顔いっぱいに広がっていく。
その時、二人の頭上で、鳥の羽のような白い物がふわりと宙返りをした。
目を細めて空を見上げるコールの目の前で、その白い物体はぽとりと落ちた。

「紙飛行機だ」ジェイソンがコールの足元から、うっすらとノートの罫線が見える紙の塊を拾い上げた。
引きちぎった紙で作られた飛行機は乱雑な出来で、レトリン先生なら間違いなく”Dマイナス”をつけるような代物だった。

「ちくしょう、誰の仕業だ……」ジェイソンは、ためらいがちに紙飛行機の翼の部分をコールに見せた。
片翼の上には鉛筆で、ある言葉が書きなぐってある。『化け物コール・シアー』コールはジェイソンと目を合わせた。
「いいんだ、.ジェイソン。いつものことさ」ジェイソンは紙飛行機を両手でぐしゃぐしゃと丸めてしまうと、誰もいない歩道めがけて思い切り投げつけた。

クラスの一団は、不揃いな列をなしながら美術館のエントランスへ向かい始めている。「ジェイソン、行こう」コールは、唇を噛んで荘然と茂みの方を見つめている友人の腕を引いた。
ジェイソンは”いじめ”に慣れていないのだ。もちろん、リトル・リーグのスター選手をいじめる者などいるわけがなかった。

おそらく、彼はこの学校に転校してきてコールに出会うまで、そういうものが存在することすら知らなかったに違いない。
コールはジェイソンに対して、申し訳ないような恥ずかしいような複雑な思いを抱いた。

「ねえ」向き直って歩きながら、ジェイソンが突然コールの肩を突いた。
「いいものを持ってきたんだ」彼はブレザーの左ポケットを指差した。そういえば、少しばかり不自然な膨らみが見てとれる。

「後で半分ずつにしよう」ジェイソンはポケットの口を引っ張り、ウインクをした。
中には、紙ナプキンで包まれた大きなシュガードーナツがひとつ入っている。

「ドーナツだね」コールは、にっこりと笑った。
「こうでもしないと、ランチまでもたないよ」そう言うと、ジェイソンは制服の集団めがけて走り始めた。
「今日はピクニックだ!」コールも急いで彼の後に続く。

ポプラの樹には目もくれず、早足でエントランスへ向かう。頬にあたる冷たい疾風も、今は心地いい。ジェイソンに続いて、美術館のひんやりとした大理石のエントランスにたどり着いた時、コールの頭の中から紙飛行機の一件は跡形もなく消え去っていた。

 

 

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