HERO
 
  「被害者の味方は俺たち検事しかいないだろう・・・・・・」 ”正義”みたいなものは、優しさを忘れたヤツにはわかりっこない 出演 / 木村拓哉、松たかこ、大塚寧々ほか  
著者
白崎博史
出版社
フジテレビ出版
定価
本体価格 952円+税
第一刷発行
2001/3/20
ISBN4−594−03109−9
青森から東京地検城西支部刑事部に赴任してきた久利生公平(木村拓哉)。彼が優秀だという噂を聞いて、その担当事務官に立候補したのは、ゆくゆくは副検事を目指している雨宮舞子(松たか子)。
ところが、実際の久利生の姿を目にして、あ然としてしまう。およそ検事とは思えないラフな恰好。しかも、赴任早々担当した下着泥棒の事件では、難事件でもないのにしつこく追及。そのやり方に雨宮はあきれるばかりだ。
元不良で最終学歴は中卒。司法試験に合格して検事になったという異色の経歴。お宝けに通販マニアときている久利生─確かに彼の仕事ぶりはとんでもなく破天荒で、なかなか周囲には理解されない。しかし、表には出さないが、久利生は人一倍正義感が強く、どんな事件でもおろそかにせず、つねに写実を求める男なのだ。そうした彼の姿に、雨宮や城西支部の面々は戸惑いながらも、次第に感化されていく……。
驚異的な視聴率を記紀した超話題ドラマ、
待望の小説化!

 

この物語は『HERO』のシナリオを元に小説化したものです。
小説化にあたり、内容に変更と創作が加えられていることをご了承ください。

 


二年ぶりに見るその灰色の建物は、相変わらず無骨で愛想がなく、肩をいからせてこっちをにらんでいる悪役レスラーを思わせた。
東京地方検察庁城西支部そこが彼の新しい職場だ。その男の名は久利生公平(くりゅうこうへい)。二十七歳、任官して三年目の検事。「新任」と呼ばれる最初の一年間を東京地検で過ごし、その後の「新任明け」の二年間を青森地検、そして今年の一月、再びこの東京に舞い戻ってきたというわけだ。

魚屋が魚を、米屋が米を扱うように検察庁というところは、犯罪者の取り扱いが商売だ。
警察から送られてきた被疑者をもう一度取り調べて、必要があれば警察に追加の捜査を指示し、ときにはみずからが捜査をして、必要と認められたら被疑者を裁判所に送り込み、有罪判決を勝ち取るのがその主な仕事なのだ。

犯罪者を魚にたとえると、海で魚を捕ってくる漁師が警察で、その集められた魚を分類、 十五畳ほどの広さの部屋の隅に古ぼけたテレビが一台あり、その下のビデオデッキには「録画予約中、触るな」と書かれた紙が張られていた。
公平はすでにその録画が完了しているのを確認すると、テレビのスイッチを入れた。真ん中が、お尻の形に擦り切れたソファから立ち上がり、チャンネルを回していた公平の目が画面に釘付けになった。

公平のお気に入りの番組のひとつである『奥様テレビショッピング』をやっていたのだ。青森では昼の三時からの放送なのに、東京では午前中からやっている。だが、せっかくのテレビショッピングなのに、肝心のテレビ自体がそろそろ寿命らしく、おそろしく映りが悪い。アナウンサーの顔はひどい肝臓病を患った人のように真っ黄色だし、顔の輪郭もギザギザだ。
その日の商品は、万能キッチンバサミ「ママラーク]」だった。以前から公平が購入を検討していたもので、工夫次第で十数通りの使い方ができるというスグレモノだ。
公平はテレビの箱の右上を手のひらでトントンと叩いた。

実演販売の魔術師、マイティ鈴木がキッチンバサミで、割り箸から電線、スルメイカからブリキの板まで面白いように切っていく。
(やつぱ買うかな……。でも、俺、家で料理しないしなあ……)
─いまなら、万能包丁「ママキレール3本セット」にトラベル裁縫セットをプレゼント!お電話お待ちしてます。フリーダイヤル0120……。
(こりゃ買いでしよ)

そう決心して、公平がジャケットの内ポケットからケイタイを取り出すと同時に、まるで嫌がらせするように画面がザーザーと荒れはじめた。
テレビの本体というより、アンテナの接触が悪いのかもしれない。公平は再び立ち上がってテレビの裏側をのぞき込んだ。
公平の勘は当たっていた。ネジがゆるんでいて、旧式のアンテナコードが一本はずれかかっている。公平はポケットから、スイスアーミーナイフ(大小のナイフはもちろんドライバーからハサミ、爪楊枝までついている超便利なグッズで、もちろんテレビショッ。ビングで購入した)を取り出し、付属のプラスドライバーでアンテナのコードを固定した。
(いつかこういうときが来ると思ってたんだよな……。やっぱり買っといてよかった)

公平の顔に自然と笑みが浮かんだ。
ショッピングのツボがずばりと決まったとき、公平は本当に幸せな気分になる。だからテレビショッピングはやめられないのだ。
そんなことをやっているうちに、外からガヤガヤと大勢の人の話し声が聞こえてきて、やがて数人の男女が部屋の中に入ってきた。
公平が最初に聞き取れたのは、「ああ、やっとテレビの修理屋さんがきた」という甲高い男の声だった。

(テレビの修理屋?どうやら俺のことを言ってるらしい)
「……で、なんて名前なの、そいつ」
(ひょっとしてそれも俺のことか……?)
「クリュウだったかな」

(やっぱそうだ)
公平はテレビから振り返って一同のほうを向いたが、そんなことなど誰も意に介さず、別の声が答合えた。
「クリュウ……?変な名前ェ」
公平は「はじめまして」という言葉を飲み込んで、テレビの裏側にもぐった。いま名乗るのはタイミングが悪すぎる。公平はテレビの修理をするふりを続けながら横目で彼らを観察した。

公平の名前を変だと言って笑ったのは、三十歳くらいのフェロモンたっぷりのセクシー系美人検事だった。その女検事に、いかにも紳士服屋のチラシのモデルにいそうな、妙に濃い顔の男が聞いた。
「青森地検のエースだって噂だけど本当なのか?」

「さあ」と言うように肩をすくめた女検事の代わりに、公平と同い年くらいの若い男が答えた。
「あくまで噂ですからねえ……。本当のところはどうなんでしょうか……」
まわりの顔色をうかがうような口ぶりからして事務官らしいが、きっちりと七三に分けた頭に黒縁のメガネは、日本中の駅名を北海道から鹿児島まで全部暗記していそうなガリ勉タイプだ。
どうやら検事らしい濃い顔の男が、別の男に聞いた。

「江上、おまえその『久利生』って名前聞いたことあるか?」
江上と呼ばれたのは、『ドラえもん』に出てくるスネ夫をそのまま大人にしたようなタイプの男だった。その江上という男は「聞いたことないですねえ」と答えると、額にかかった前髪を右手でサッとかきあげてニヤリと笑った。

「どうせ『自称エース』ってやつじゃないですか」
その答えに、問いかけたほうが満足そうに白い歯を見せてうなずいた。
「いるんだよな。ハッタリかましてくる田舎者」

「プライド高いわりには……」
その言葉に女検事が続けた。
「仕事できなかったりするのよねえ」

テーブルでお茶の支度をしていた、公平より三つ四つ年下に見える、メガネをかけたいかにも真面目そうな娘が言った。
「あの……憶測だけで人を判断するのはよくないと思います。検事に任命されたんなら、きっと立派な方なんじゃないですか」
「そうそう。だから担当事務官に立候補したんだもんねえ。いい顔してるわよねえ、どの検事にも」
「私は与えられた職務をこなしているだけです」

見た目も発言内容も、まるでどこかの高校の生徒会長のようだ……。それが公平が初めて雨宮舞子を見たときの印象だった。
彼女のそういった優等生的な発言は毎度のことらしく、おでこの広いキューピー顔の中年男が、横にいた男の脇腹をヒジで突いた。
「また言ってるぞ」、

「酢でも飲ませりゃ少しは柔らかくなるのに」
女検事が、やれやれといった感じでため息をついてメガネの娘を見た。
「あのね、雨宮……。ここは、取調室でもなければ法廷でもないの」

自分のことがきっかけで始まった話がどんどんまずい方に向かっているのを見て、公平は少しあせった。いまさら、名乗り出るわけにもいかない。
いったんその場から退却して、ほとぼりが冷めたころ、もう一度ここに現れよう、そう考えて公平はそばに置いてあったボストンバッグにそっと手を伸ばした。そのとき、ふいにキューピー顔の男が公平に声をかけた。

「修理屋さん、ちゃんと直してってくださいね」
公平は思わず「はい」と返事をしていた。
「嫌だなあ、お高くとまってるやっと仕事すんの」

ひとり言のようにつぶいた黒縁メガネの言葉に、濃い顔の検事が意地悪そうな笑みを浮かべた。
「小生意気なやつの鼻っ柱は折っとくに限るか」
江上と呼ばれていた男が、鼻の横を人さし指でこすりながら言った。

「ま、放っておいてもすぐに折れるでしょうけど」
そんな会話をさっきから黙って聞いていた、その場の最年長、人のよさそうな、検察官というより、町工場のおやっさんといった感じの男がとりなすように言った。
「おいおい、仲良くやってくれよ〜。みんな頼むよ〜」

その言葉を機に公平は再びバッグに手を伸ばし、さりげなくテレビから離れた。と、そのときまたしてもキューピー顔の男が公平に声をかけてきた。
「あ、そこのビデオ取ってもらえます?」
公平は「はい」とうなずいてビデオデッキのイジェクトボタンを押した。「ウイーン」という大げさな音を立ててビデオカセットが飛び出した。

「昨日のガサ入れのやつでしょ」と黒縁メガネがキューピー顔の男に聞いた。
「どなたかダビングします?」
その問いに、濃い顔の検事がサッと手を挙げた。

「俺、二本頼む。実家に送るから。昨日の夜、お袋が電話してきてさ。『あんたテレビに映ってたよ』って喜んじゃって……」
「わかりました。二本ですね」
やりとりを聞いていた公平は、その展開にとてもさからえず、黙ってデッキの横にあった生テープを二本取って手渡した。
誰もが公平のことをすっかりテレビの修理屋だと信じて疑っていない様子だ。

急須から茶碗にお茶を注いでいた雨宮舞子が、ふと思い出したように言った。
「すいません。お茶菓子、切らしてました」
「その久利生とかいうやつに買いにいかせればいいだろ」

江上が言うと、濃い顔の検事が皮肉めいた口調で言った。
「土産に菓子折りくらい持ってくるんじゃないか、普通……」
(しまったア……)

公平は心の中で舌打ちした。
(そういえば、昨日、新幹線の中で食べようと思って青森駅で買ったアップルスナックがあ
るかも……。いや、あれは家に置いてきたんだ)

公平の鞄の中にあったのは、女のコの握りこぶしほどの紅玉が三個あるだけだった。それでもなにもないよりはマシだ。公平は、そう思いなおして鞄の中からそっとリンゴを取り出した。ちょうどそのときだった。まるでそれを透視していたかのように、誰かが言った。
「青森ですからねえ、どうせリンゴかなんかでしょ」

その場にいたみんなの目がいっせいに公平に集まった。
公平は亀のように首をすくめると、手のひらに載せた三つのリンゴをおずおずと前に差し出した。
「つまらないものですが……」

一瞬、その場が水を打ったように静まり返り、その場にいた者全員が口をあんぐりと開けて、公平を見た。
「今日からお世話になります。久利生公平です」
そう言ってペコリと頭を下げた公平の手からリンゴがひとっこぼれ落ちた。リンゴはコロコロと床を転がってゆき、雨宮舞子の靴に当たって止まった。

「……というわけで、最初のうちは久利生くんもいろいろ戸惑うこともあるかもしれないが、まあ、みんな互いに助け合って、働きやすく、かつ楽しい職場を築いていこうじゃないか。な、雨宮くんも意欲的な申し出をしてくれたことだし」

”おやっさん”の挨拶とメンバーの簡単な紹介が終わると、公平はスタッフルームと廊下を隔ててすぐのところにある部屋に案内された。その部屋でこれから公平は被疑者の取り調べをしたり、訴状を書いたりといった検事の仕事をこなしていくのだ。

もと倉庫といった感じの部屋の中をしばらく眺めたあと、公平は青森から持ってきた荷物を、部屋に備え付けの机の引出しや棚の中にしまっていった。が、なにしろ荷物はボストンバッグひとつ分しかない。引っ越しはアッという間に終わった。

公平はひじ掛けのついた椅子に深々と座って机の上に脚を投げ出すと「フーツ」とひとつため息をついた。そしてシャツの胸ポケットからセブンスターを取り出して一本くわえ、さっき出会ったばかりの同僚一人ひとりの顔と名前、そしてその特徴を思い出しながら、あらためて頭の中の記憶装置に書き込んでいった。

まずはセクシー系の女検事─。名前は中村美鈴。三十歳で独身。色白の肌に涼しげな切れ長の目。「美人ナントカに美人なし」と言われるなか、この人は掛け値なしの美人検事。
頭もキレそう。キャリアウーマンの中のキャリアウーマンといった感じ。マゾッ気のある被疑者にはたまらないタイプかもしれない。

次に妙に濃い顔をしているのは芝山貢、検事、三十六歳。五歳年下の妻と三歳になる息子の三人家族。日本人離れした彫りの深い顔が印象的。服装にはかなり気をつかってる様子。
おまけに仕種もいちいち決まってる。自分のカッコよさをかなり意識しているように見えるが、どこか憎めないタイプ。
江上達夫もやはり検事。三十二歳。独身。東大法学部在学中に司法試験に合格した秀才。
その分、エリート意識も強く、人一倍負けず嫌い。趣味はバイク。

黒縁メガネの事務官は遠藤賢司。芝山検事付き。年は二十五歳だが見た目は三十過ぎ。名前はケンジだが、検事じゃないというのがコンプレックスらしい。
キューピー顔の男は名前が末次隆之。江上検事の担当事務官。年齢は四十歳。社交ダンス を愛すバツイチの独身。この道、十八年のベテラン。おやつさん風なのが刑事部長で、名前は牛丸豊。五十歳。通称「気配りの牛さん」と呼ばれているだけに、細かいところまでよく気がつく人。その分、神経もそうとう遣っているらしく、「胃が痛い」が口癖で、いつも胃薬がかかせないと言っていた……。

「コンコン」というノックの音で公平は我に返った。
「失礼します」と部屋に入ってきたのは、さっき公平が生徒会長というニックネームをさずけた事務官の雨宮舞子だった。
机の上に置いた脚をおずおずと床に下ろした公平を見て、まるで珍しい動物に接するような目で舞子が言った。

「あのオ、このたび、久利生検事の事務官を担当することになりました雨宮です」
「どうも……」
「私、じつを申しますと中村検事の事務官も担当しておりまして、結果的に掛け持ちという形になってしまい、これからなにかとご不便をおかけすることもあろうかと思いますが……」

公平は堅苦しい挨拶というのが苦手だった。たぶん、いま舞子が言ったことを繰り返せと言われたら、たぶん三回は舌を噛むだろう。
「ああ、気にしないでよ。俺のほうこそこんな変な時期に来ちゃったから」
「では、中村検事の部屋にいますんで、何か御用がありましたらお呼びください」
舞子の、あくまでもかしこまった事務的な態度に、公平はイタズラ心をそそられた。

「じゃあ、さっそく頼もうかな」
「何でしょうか?」
「ちょっとさ、肩、操んでくんない?」

舞子がそのゆで卵のような顔をちょこんと突き出して公平の顔をまじまじと見た。
「……肩、ですか?」
「冗談。決まってんでしょ」
「あ、冗談……」

舞子はニコリともしないまま公平にたずねた。
「あの、久利生検事は、やっぱり今度の事件、担当されるんでしょうね」
「今度の事件って?」
「海王建設と民自党の岬代議士の受託収賄の件ですよ」
「へえ、そんなのやってんだあ。やつぱ東京は違うよなあ……。青森じゃさ、そんな大きな事件、ほとんど起きなくて」

 

 

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