3001年終局への旅
 
  <宇宙の旅>シリーズ完結篇 悠久の時を越える驚異のオデッセイ ***** 2001/4/7 全国一斉ロードショー 2001年宇宙の旅 *****  
著者
アサー・C・クラーク
出版社
ハヤカワ文庫SF/ ハヤカワ書房
定価
本体価格 660円+税
第一刷発行
2001/3/10
ISBN4−15−0113475−5
31世紀初頭、海王星の軌道付近で
奇妙な漂流物が発見された。それ
こそは、宇宙船ディスカバリー号
の船長代理フランク・プールだっ
た。はるか1000年前、宇宙船のコ
ンピュータ、HAL9000によって
ディスカバリー号から放りだされ
たプールは、冷凍状態で星の世界
へ向かっていたのだ。地球の軌道
都市スター・シティで蘇生させら
れたプールがたどる究極にして最
後の宇宙の旅とは……『2001年宇
宙の旅』に始まるシリーズ完結篇

3001年終局への旅

プロローグ

魁種属


魁種属、と彼らを呼ぼう。人間とは似ても似つかない種属だったが、それでも血と肉から成る存在であり、宇宙の深淵を見はるかすとき、やはり畏怖と驚異を一そして孤独を感じるのだった。
力をにぎるが早いか、彼らは仲間を求め、星々へと乗りだした。探険の過程で、彼らはさまざまな生命形態と出会い、一千の世界で進化のはたらきを見まもった。宇宙の闇のなかで、いくたび、知性のかすかな曙光がきらめき、失われていくのを目にしたことか。

そして銀河系全域にわたって、精神以上に貴重なものを見いだすことができなかった彼らは、いたるところで、そのあけぼのを促す事業についた。彼らは星々の畑を耕す農夫となった。種をまき、ときには収穫を得た。
そしてときには冷酷に、除草さえもした。偉大な恐竜の時代は終わり、宇宙から無作為に振り下ろされた鉄槌に、明けそめた彼らの行くてが消し去られて、すでに長い時がたっていた。そのころ調査船は、一千年の旅を経て、太陽系にはいってきた。凍りついた外惑星を通りすぎ、死にかけた火星の砂漠の上空にいっときとどまり、やがて地球を見下ろした。

探険者たちの眼下に広がるのは、生命に満ちあふれた世界だった。何年もかけて、研究・調査・分類がおこなわれた。知りうるかぎりを学びとると、彼らは修正にかかった。
陸地や海に生きる多くの種の運命に干渉した。しかし、そうした実験のうちのどれが実を結ぶのか、答えを知るには、あと少なくとも百万年が必要だった。
辛抱強い生物ではあったが、いまはまだ不死ではない。一千億の太陽を擁するこの宇宙で、しなければならないことは山ほどあり、ほかの世界が呼んでいた。こうしてふたたび彼らは深淵に旅立ったこの方面に二度と来る機会がないことを知りながら。だが来る必要もないのだった。

あとの仕事は、残してきた召使いたちがやってくれる。地球では、いくつもの氷河が来ては去ったが、上空の月は、星々からの秘密を宿したまま、変わらぬ姿を見せていた。極冠の変化よりなおゆるやかなリズムで、さまざまな文明が銀河系に満ちては引いていった。
異様な、美しい、恐ろしい帝国が興っては滅び、あとを継ぐものに知識を伝えた。やがて星々の領域では、進化が新しいゴールをめざしはじめた。地球を最初に探険に来たものたちは、とうに血と肉の限界に達していた。

機械が肉体より優れたものになるが早いか、引っ越しのときが来た。はじめは脳を、つぎには思考だけを、彼らは金属と宝石の光りかがやく新居に移しかえた。この姿で、彼らは銀河系をさまよった。もはや宇宙船はっくらない。
彼ら自身が宇宙船であった。しかし機械生命の時代はたちまち過ぎた。たゆみなく実験をつづけるうち、彼らは空間構造そのものに知識をたくわえ、凍りついた光の格子のなかに思考を永遠に保存する方法を学んだ。

当然の成行きとして、彼らはほどなく純粋エネルギーの生物に変貌した。あまたの世界で、うち捨てられた殻が、ひとときひくついて空しい死の踊りを見せ、やがて塵にかえっていった。
いまや彼らは銀河系の覇者であり、思うままに星の海をさまよい、希薄な霧のように、空間そのものの隙間に沈むことができた。しかし物質の圧制からは解き放たれても、おのれの出自を、消え去った海のあたたかい軟泥をすっかり忘れたわけではなかった。

それに、すばらしい道具たちはいまだに活動し、はるかな昔にはじまった実験の成行きを見まもってくれている。だがその彼らにしても、いつまでも創造主の指令に従うものではない。物質的存在が例外なくそうであるように、彼らもまた〈時間〉の浸食をまぬがれず、その忠実な眠らない召使い、エントロピーの敵ではないのだ。
そしてときには、彼らもまたそれ自身の目標を見つけ、求めるのだった。

 

第一部 スター・シティ

1コメツト・カウボーイ
ディミトリ・チャンドラー船長[M2973.04.21/93.106//火星アカデミー3005〕─また親しい友人同士では、通称”ティム”─は、当然のことながらうっとうしく思っていた。地球からのメッセージは、ここ、海王星の軌道のそとにいる宇宙曳船ゴライアス号には六時間かかってとどく。
もしとどくのが十分遅れていたら、こう答えられたはずなのだ。「すまん−いま忙しくて−太陽スクリーンを広げはじめたところでね」この言い訳は通ったはずである。

分子数個分の厚さしかないが、一面数キロメートルにも及ぶ反射性の薄膜を使い、彗星の核をつつむというのは、やりかけのまま放棄できるような仕事ではないのだ。
しかし、このばかげた要請に従うのも悪くはなかった。自分の落ち度ではないのに、すでに彼は太陽方面ではずいぶんと評判を落としていた。土星のリングから氷を集め、金星や水星など氷がほんとうに必要なところに押していく作業は、二七〇〇年代─三世紀まえにはじまった。チャンドラー船長は、太陽系環境保護論者たちが、宇宙環境破壊の告発の材料として、いつも持ちだしてくる”使用前と使用後”の映像のあいだに、違いらしい違いを見分けられたためしがなかった。

だが一般大衆は、いまだに歴史上の数々のエコロジー災害に過敏になっているので、チャンドラーとは考えが異なり、「土星に手を出すな!」の議案はかなりの多数票で通過していた。その結果、チャンドラーは”リング泥棒”をあきらめ、”彗星カウボーイ”に転向したのである。
というわけで彼はいま、アルファ・ケンタウリまでほんの少々近づいたところで、カイパー・ベルトからのはぐれものを駆り集めている。このあたりにたつぶりとある氷を使えば、たしかに水星や金星を深さ数キロメートルの海でおおうことができるものの、まずそこにある地獄の業火を消し、生命に適するものにしなければならないわけで、それはあと何世紀もかかる事業だった。

太陽系環境保護論者たちは、もちろんこれにも反対していたが、一時期ほどの盛り上がりには欠けていた。二三〇四年、太平洋アステロイドが引き起こした津波で何百万という死者が出て以来−陸地に落ちていれは、ここまで被害は大きくなかったろうと見られるのは何という皮肉!─以後の世代は、人類が、いわはバスケットにたくさん卵が詰まりすぎたような状態にあることを肝に銘じたのだ。

何にしても、とチャンドラーは心にいった。この荷が目的地に着くまでに五十年はかかるのだ。一週間の遅れぐらい何のことはない。だが自転周期、質量中心、推力ベクトルなどの計算をすべてやりなおし、火星へ確認の依頼をしなければならなくなる。計算はていねいにやることが肝心だ。なにしろ何十徳トンという氷を、地球から呼べば聞こえるようなところを通る軌道に乗せるのだから。

いつもの癖で、チャンドラー船長の目はデスクの上にかかる古代の写真へとさまよった。そこには三本マストの蒸気船が、間近にせまった氷山のまえにちっぽけな姿をさらしていた。だがじっさい、ゴライアス号はまさにそんな状態にあるのだ。
たいしたものだと、よく彼は思う。この素朴な船ディスカバリ一号と木星まで飛んだおなじ名前の宇宙船とのあいだに、長寿な人間のたった一生分の開きしかないとは!彼ら遠い日の南極探険家たちが見たら、この船のブリッジからのながめなど何と思うだろう?

距離感がくるってしまうのは間違いない。なぜなら、いまゴライアス号のそばにある氷の壁は、目のとどくかぎり上下左右に広がっているからだ。しかも、これは異様な氷である。凍りついた地球の極洋のしみひとつない白と青はどこにもない。事実、見かけはたいへん汚く−現実にも汚いのだ。なぜなら水を成分とする氷は、全体のわずか九十パーセントしかないからである。
あとは炭素や硫黄の化合物がごたごたとはいった魔女の大鍋で、そのおおかたは絶対零度からさほど高くない温度で安定状態を保っているだけ。これらを溶かすときには、しばしばびっくりするような現象が起きる。ある天体化学者の名言にあるように、

「彗星の吐く息はくさい」
「スキッパーから乗員みんなへ」チャンドラーは放送した。「スケジュールにすこし変更があった。作業の開始を遅らせて、スペースガードのレーダーが拾った物標を調査してほしいと要請された」
うめき声の合唱が船のインターコムからひとしきり流れ、つぎに誰かがきいた。「くわしいことは?」

「たいしてない。しかし多分、ミレニァム(千年祭)委員会が回収し忘れたプロジェクトのひとつだろう」
またしてもうめき声。二〇〇〇年代の終わりを祝って執りおこなわれた行事の数々には、みんな腹の底から食傷していたのだ。三〇〇一年一月一日が何の波乱もなく過ぎたときには、いたるところがら安堵のため息がおこり、ようやく人類はふだんの暮らしにもどることができた。

「どちらにしても、また前回とおなじようなまちがい警報だろう。仕事の再開はできるだけ早くする。こちらスキッパー、以上」幽霊狩りにかりだされるのも、船乗りになってからこれで三度目だ、とチャンドラーは不機嫌に思った。千年にわたる探険ののちも、太陽系にはまだ驚異がいっぱいひそんでいて、スペースガードの要請にもりっぱな根拠があるのかもしれなかった。
彼としてはただ、想像力たくましいどこかの間抜けが、伝説にいわれる〈純金アステロイド〉を目撃したのではないことを願うだけだった。もし仮にそんなものが存在したとしても−チャンドラーは一瞬たりと信じたことはないが一それはたんに鉱物学的な珍品というにすぎない。

不毛の惑星に命を吹きこむため、いま彼が太陽方向に押しやろうとしている氷より、実質的な値打ちははるかに下まわるだろう。
−しかしながら、ひとつだけ彼も真剣に考えている可能性があった。人類はすでにさしわたし百光年に及ぶ容積の宇宙空間にあまたのロボット探査機を送りこんでいるし─一方テイコ・モノリスは、太古にいくつもの文明が同様な活動をおこなっていたという隠れもない証拠である。異星の人工物はこの太陽系にまだほかにあるかもしれず、あるいはいま通過している最中かもしれない。

おそらくスペースガードはそんなところを念頭においているのだろう、とチャンドラー船長は想像した。さもなければ、第一級宇宙曳船の予定を変更させてまで、未確認レーダー・ブリップの追跡にさしむけるはずはない。

五時間後、捜索をつづけるゴライアス号は、最大距離に問題のエコーをとらえた。距離を勘定に入れても、それは拍子抜けするくらい小さいようだった。ところが、反射波が強くなりくっきりしてくるにつれ、それは金属の特徴をしだいにあらわしはじめた。
大きさはニメートルぐらいか。物体は太陽系を離れる軌道にあり、そこから察するところ、人類がこの千年間に星々に向けて投棄した無数のガラクタのひとつに間違いないようだ。そしていっかはこれが、人類の存在したことを示す唯一の証拠となってしまうかもしれない。

やがて物体は目で観察できるほどの距離に近づき、チャンドラー船長は樗然とした。宇宙時代最初期の記録をいまだにチェックしている辛抱強い歴史学者がまだいたのだ。しかし何たる痛恨事、コンピュータが答えをくれたはいいが、千年祭の祝典にほんの数年遅れてしまうとは!
「こちらゴライアス号」チャンドラーが地球に向けて送信する声は誇らしげで、また厳粛でもあった。「年齢千歳の宇宙飛行士を乗せようとしているところだ。何者かは見当がつくよ」

 

 

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