I miss me. 新しい自分を見つける42章
 
 
  きっとどこかに本当のわたしが・・・・。新しい恋・愛・性格・生きがい・将来・わたし。精神科医だって失恋する。香山リカがはじめて”自ら体験”をつづって贈る待望の書き下ろし!  
著者
香山リカ
出版社
青春出版社
定価
本体価格 1100円+税
ISBN4−413−07078−X

まえがき

また、失恋してしまいました。私は職業的には「こころの専門家」ということになっていますが、ひとりの女性としては「失恋の専門家」とも言えるくらい、これまでたくさんの失恋を経験してきました。もっとも、もうハタチの二倍くらいの歳月を生きているので、その分、若い人より恋愛や失恋の機会も多くなるのはあたりまえなのですが、それにしてもよく失恋する。

しかも、次の出会いはなかなかない。そう、私は言ってみれば「モテない女」。………なんて楽しげに(?)堂々と語っていますが、この境地に達するまでは悩んだり苦しんだりした日々だって、けっこうあったのです。とくに精神科医という仕事についてからは、みんなに「いいわね一。精神科医って自分の悩みも解決できるんでしょ?」と言われる。

これって、まったく間違いです。たしかに専門的な知識を自分にあてはめれば、「自分の何が問題なのか」はわかるのですが、だからといってそれをなおすことは自分ではできない。だから、よけいにイライラすることになります。すぐそこに理想の私の姿が見えるのに、それを手に入れることはできない。まさに「アイ・ミス・ミー」の状態です。でも、そんな私もさすがに30代後半を迎えるあたりから、それまでとはちょっと違った考え方ができるようになりました。

フラれてばかりなのも、好きな人にちっとも振りむいてもらえないのも、ぜんぶ私の持ち味ってやつじゃん。それならその私だけの持ち味をじっくり見つめてみれば、若い人たちに「フラれないコツ」とか「ハッピーじゃないときにはどうすべきか」とか、アドバイスすることもできるんじゃないかな。もちろん、これまで身につけた専門的な知識もちょっぴり使いながら。

そんな、とても私的な思いつきから生まれたのが、この本です。ここに書かれているのは、ぜんぶ私自身がこれまで経験してきた悩み。ときには「私はこんなじゃない」と笑いながら、ときには「わかる、わかる」とうなずきながら、読んでいただけるとうれしいです。

 

 

I miss me.

 

1 新しい恋

こころの公式

私の仕事は精神科医なので、よく「ひとの気持ちが手に取るようにわかるんでしょ?」と言われます。でもそれは、大きな誤解。たしかに、ある種の「こころの公式」のようなものはわかります。「自立のこころが芽生えてきた若者にとっては、親のなにげないひとことが自分を傷つけようとするオニのことばに聞こえることがある」とか。

精神科医は、親子関係・友だち関係・ストレスなどについての「こころの公式」と目の前にいる人が語ることばを一生懸命、組み合わせてその人のこころの動きを読み取ろうとしているだけ。それだって失敗することも少なくありません。SFにはときどき「相手のこころの中がわかるマシーン」が出てきますが、そういうものを見るたび私は、「ああ、こういう機械があればな一」とため息をついています。そして、精神科医にもさらにわからないもの。

それが、恋愛をめぐる人のこころです。恋愛に関しては、親子関係や友だち関係のときに見られるような「こころの公式」すらほとんど存在しないからです。人間の数だけ異なる種類の恋愛がある。そう言ってもよいでしょう。あなたの恋愛は、あなただけのもの。恋愛中のあなたとまったく同じ気持ちになっている人は、地球上どこを探してもないのです。

だから、恋愛に関してはみんなに共通の答えはありません。せいぜい、「似たような例ならあるけど」というアドバイスができるくらい。もちろん、それだからこそ、恋愛は人を最高にワクワクさせてくれるわけですが。いつまでも、「いい友だち」のまま。そういう人は、答えも出口もない恋愛のジャングルの中に足を踏み出すことに、ちょっとためらいを感じているのかもしれませんね。友だち関係ならある程度、これまでの経験や常識でやっていくことができます。相手が触れられたくない話題はなるべく避けるとか、疲れているようなときにはそっとしておくとか。

つまり、「こころの公式」が通用するのです。それさえ守っていれば、相手はあなたのことを「ホントにいい人だな」と思ってくれるはず。ところが、一歩、恋愛エリアに足を踏み出せば、あなたのこれまでの経験も知識も、まったく役に立たなくなってしまいます。たとえば、相手が「今日は疲れているんだよ」と言ったとします。友だちだったら「そういうこともあるよね」とやさしく笑ってあげることもできますが、恋人となるとそうもいきません。

「どうしたんだろう?会社でイヤなことがあったんだろうか?」と必要以上に心配になってドキドキしたり、逆に「せっかく私に会ったんだから、楽しそうにしてくれたっていいじゃない!」と腹が立ったり、さらには「疲れてるなんてウソかも。だれかほかに好きな人ができたんじゃないかな」と疑いのこころがわき上がってくることもあるでしょう。そういった感情をムキ出しにすると、相手もおだやかな気持ちではいられません。

「そんなに心配してくれるなんて!」と感激したり、「ホントに疲れてるだけなのに、どうして疑うんだよ」といっそう不きげんになってしまったり。自分の中のイヤな部分も見せなければならないし、相手の醜い部分も見なければならなくなります。そういう自分ではコントロールできない感情が、激しくぶつかり合う。それがルールなき恋愛の世界、というわけです。

「いつまでも友だちのまま」という人は、そうやって相手から「なんだ、この子って本当はワガママなところもあるんだな」「みんなの前ではオトナだけどなんだかずいぶんコドモっぽいな」とマイナスの評価を受けるのを、どこかでおそれているのではないでしょうか。

それよりは、「話しやすくて思いやりのある子だよな」と思われ、友だちのままでいた方がいいかも……。そういう気持ちがあなた自身の中にあるはずです。あと一歩、踏み出して、自分の中にある意外な面、マイナスの面も少しだけさらけ出してみては?「いい友だち」の関係もきっと変化し始めるはずです。

人生のボーナスステージ

国民的な人気のある女子アナウンサーは、結婚の記者会見で彼と初めて会ったときの印象をきかれて、こう答えました。「待ってました、このトキメキ!」こんなふうに恋愛を始められたら、ホント、楽しいでしょうね。でも、もし恋が激しいトキメキで始まったとしても、スキップして回りたいほどの楽しい時期というのは、それほど長くは続きません。それはもちろん、恋愛は相手も自分のことを恋してくれて成立するものだから。先に好きになった方は、自分の気持ちを相手に告白する必要があるのです。それがまた、たいへん。

告白しなければすべては始まらないけれど、「ごめんなさい」と言われたらそれでおしまい。はっきり断られるくらいなら、「もしかしたら恋人になれるかも」と夢を見ている時期が長い方がまだましかもしれない……。そんなことをあれこれ考えているうちに、告白のタイミングをどんどん逃してしまう。

そういうこともけっこうありますよね。私は、好きになったらとにかくすぐに相手に伝えなければ気がすまない、という人以外には、「告白の時期は遅ければ遅いほどいいんです」とあえて言ってあげたい。なぜなら、「恋はしているけれど、まだ恋人どうしにはなっていない」という”宙ぶらりんの時期”は、一生のうちでもっとも貴重な時間だと思っているからです。

世の中には、恋をしていることでより深く味わえるようになる小説や絵画、映画、音楽などの芸術作品が山のようにあります。というか、今、存在している芸術作品の半分以上は、恋愛をテーマにしていると言ってもいいくらい(言いすぎかな?)。もちろん、恋をしていない人もそういう作品を楽しむことはできますが、実際に恋をしている人にとってはまた格別。「そうか、作者はこういう気持ちだったのか!」と時間や国を超えて作者の思いが、ダイレクトに伝わってきたりします。たしか私にも、昔そういうことがありました。ポール・ボウルズ原作、ベルナルド・べルトルッチ監督の映画『シェルタリング・スカイ』が公開された頃のこと。

私は当時、とても尊敬できる先輩が好きで仕方なかったのですが、向こうは私の気持ちにはまったく気づいていないようでした。医学学会で訪れた関西の町で、新幹線までの時間を利用してひとり映画館に入った私は、アメリカ人の小説家夫婦がアフリカの奥地にどんどん入り込んで行き、肉体的には追い詰められて行きながら精神的には強く結ばれていくこの不思議な映画に、強く心を揺さぶられました。

それはやはり、そのとき私が”成就していない恋”を経験中だったことと無関係ではないと思います。告白してからゆっくり小説や映画を味わえばいいじゃない、という人もいるでしょう。でも、実際の恋愛が始まってしまうと、目の前の彼とのことで頭はいっぱいになり、架空の物語の世界にゆっくり心を遊ばせる余裕はなくなるものです。あるいは、たとえば映画で美しい景色が出てくればすぐに「今度、彼と旅行に行きたいな」と思ってしまうなど、何を見ても実際の恋人や自分たちの恋愛と関連づけてしまい、作品の世界そのものを味わ うことができなくなります。

テレビゲームには、よくボーナスステージってありますよね。実際のゲームの進行とは関係のない画面が現れ、ラクに点数がかせげたり特別なアイテムが手に入ったりする。私は、告白未満の恋の時期というのは人生のボーナスステージじゃないかな、と思っています。具体的な恋愛や結婚に向けての人生のコースからはちょっとはずれている時期なんだけど、その間しかできないこと、味わえないものというのが、実はとてもたくさんあるのです。

だから、「好きな人がいるけれど、なかなか話せない」という思いを抱いた瞬間、心の半分は「どうやったら思いが通じるかな」とあれこれ考えていてよいのですが、あとの半分は「私のボーナスステージが始まった!」と思いきりエンジン全開にして、恋愛が出てくる小説を読んだり映画を見たりしてください。これまで敬遠していたような古典ーシェークスピアやツルゲーネフ、バルザックなども、そのボーナスステージだったら「わかる、わかる!」とすんなり理解できることだってあるのです。その時期をただ悩みながらすごすなんて、本当にもったいない。

もちろん、すばらしいボーナスステージも何年も続くようでは困るかもしれませんが、たくさんいろいろな作品に触れるうち、「この作戦で行こう!」というモデルも見つかるはず。命みじかし、恋せよ……そして勉強せよ乙女。楽しい夏休みに本なんか読まなくてもいいから、告白未満の時期には読書を。そう言いたい気持ちです。

 

 

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