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日本人はなぜ、終戦の日付をまちがえたのか
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著者
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色摩力夫
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出版社
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黙出版
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定価
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本体 2000円(税別)
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ISBN4−900682−53−5
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プロローグ 一九四五年の夏、わが国は第二次大戦において敗北し、連合国に「降伏」した。 降伏したそのこと自体は誇るべきことではない。敗戦は屈辱であり、負の遺産である。 しかし、わが国における降伏は、かって経験したことのない大事件でありながら、いかな る意味でも国内を混乱、崩壊させるものとはならなかった。そして国際社会の中で整然と 規律をもって降伏を受諾し、連合国が課した降伏条件を誠実に履行した。近代国際社会の 歴史を通じても、国民がこれほどの一体性をもちながら、秩序をもって終戦に対処できた 例は、大戦争の敗戦国において稀有と言ってよいであろう。 往々にして、敗戦は社会に激動をもたらしてきた。日露戦争後のロジアは革命勢力の跋 扈する騒然たる状態に陥り、それがやがてロジア革命を引き起こし、ソビエト社会主義共 和国連邦という特異な国家を産むに至った。フランスでは、普仏戦争の前線でナポレオン 三世が降伏して捕虜となり、第三共和国が誕生した。 第二次大戦で同じ枢軸国であったドイツとイタリアはどうであったか。ドイツは、中央 政府が壊滅状態にあるとの理由で、「降伏」も認められず、単純に「征服」されるという 憂き目を見ている。征服は降伏とは異なり、勝者の一方的な行為である。 つまり、ドイツ は連合国による直接の軍政に服して、国家としての継続性と同一性まで失うことになった のである。イタリアは、休戦協定を結ぶに至ったが、その内実は無条件降伏をのまされた にも等しかった。その後、国土がドイツと連合国の激烈な戦場と化するや、国王も、政府 も軍部も首脳陣は首都ローマから秘かに逃亡して、放棄された国民社会は単純に崩壊した。 これは、降伏よりも不名誉な結末である。 こうした例を見ても、大きな混乱もなく、民主主義という異なる政治体制に整然と移行 した日本の降伏は稀有の偉業であり、ある意味で誇るべきことではないだろうか。 それなのに、なぜ日本は国際社会の中で毅然とした態度をとれずにきたのであろうか。 なぜ日本人はここまで卑屈になってしまったのか。 日本が、高度の規律を維持して降伏を履行しながら、結果として卑屈で軽薄な人間集団 と化してしまったのは、われわれ日本人が「降伏」の本質的意義、すなわち降伏の法理を 正確に認識しなかったからではないかと考える。 事実、今でも、多くの日本人は「わが国は一九四五年八月十五日に連合国に対して無条 件降伏した」と受け止めている。これは重大な誤認である。その誤認には、およそ二つの 問題点が潜んでいる。 一つは、日本の降伏の成立は一九四五年八月十五日ではなくて、九月二日であるということである。 降伏は、征服のように勝者の一方的な行為ではなく、双務的な「契約」である。その契 約が成立したのが、東京湾に進入してきた米国戦艦ミズーリ号上で日本代表と連合国代表 が「降伏文書」に署名して直ちに発効をみた九月二日である。では、八月十五日はどうい う日だったのか。それは、連合国側の「ポツダム宣言」にいう降伏条件受諾の意向を通告 し、その事実を公表した日である。それは、降伏という契約に応ずる意思表示をした日で あった。つまり、八月十五日の時点では、戦争は未だ終わっていなかったのである。 もう一つの問題点は、日本は、国家として「降伏」はしたが、「無条件降伏」はしてい ないという事実である。 無条件降伏したのは日本の軍隊のみであった。このことは、契約の原本である「降伏文 書」を見ても、また降伏条件が具体的に列挙されている「ポツダム宣言」を見ても一目瞭 然である。日本は軍隊としては無条件降伏をしたが、国家としてはポツダム宣言に提示さ れている諸条件による降伏をしたと理解せねばならない。 それゆえ、日本の降伏の正確な認識とは、 「わが国は、一九四五年九月二日に、軍隊としては無条件降伏を受諾し、国家としては条 件付きの降伏をした」 とすべきものである。 しかも、国家が無条件降伏したと誤認したことは、もう一つの重大な誤解を引き起こし た。それは、相手に身を任せたのだから何をされても仕方がないという途方もない錯覚で あった。「無条件降伏」はそれほど日本人にとって衝撃的な言葉だったということである。 しかし、国際法に照らしてみると、無条件降伏とは勝者の恣意に服するという意味では ない。無条件降伏といえども一般国際法上の基本的ルールはそのまま適用され、勝者は敗 者に対して勝手気儘に振る舞うことはできないはずである。 ましてや、日本のような条件 付き降伏の場合、降伏の契約的性格により、勝者もその条件に厳格に拘束されることにな る。つまり、勝者は降伏条件に明示的に規定されていることしかできない。しかも、もし、 その条文の解釈に疑義がある場合には、義務を課せられる側の主権に有利に解釈されねば ならないという国際法の基本原則がある。つまり、この場合は日本側に有利に解釈される べきものである。
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