書名
貴賓室の怪人
 
著者
内田康夫
   
出版社
角川書店
  浅見光彦、世界の大海原へ・・・<巨大な密室>へと変貌した豪華客船の謎に挑む!  
定価
本体 1600円(税別)
   
ISBN4−04−873242−0
  世界一周クルーズに仕掛けられた罠。うごめく殺意の影。絶対不可能な状況の中で、犯人はなぜ、凶行に及んだのか。浅見光彦と岡部和雄。二人の名探偵が、船上の<罪と罰>に迫る。
  プロローグ   浅見光彦が「飛鳥」で世界一周すると決まったとき、もっとも驚いたのは当の浅見自身であ った。「飛鳥」といえば日本最大の豪華客船で、世界一周クルージングにかかる費用は、もっ とも安い「ステート・クラス」でもおよそ三百万円という、気の遠くなるような金額だ。自分 には関係のない世界の話だと思っていたから、「飛鳥」乗船が現実のこととしてわが身に起こ ったときは、浅見は悪い夢を見ているような気分だった。 浅見にその話を持ち込んだのは、例によって「旅と歴史」の藤田編集長である。 「豪華客船での九十八日間世界一周の旅が楽しめて、アゴアシつきでルポを書くっていう仕事、 どうかね〜」 「ははは……」 浅見は笑ってしまった。また藤田の程度の低いジョークが始まったと思った。 「なんだよ、失敬なやっだな、笑うような話じゃないだろう。うちの仕事としては、トップク ラスの条件だと思っている。ギャラだって、それなりのものを出すつもりだ。いつもケチばか り言ってるわけじゃたい」 藤田は珍しく真剣に怒った。 「えっ?じゃあ、いまの話は本当なんですか?」 「当たり前だろ。おれはいままで、嘘と坊さんの頭はゆったことがない」 またしても、信じられたいほど程度が低く、古色蒼然としたギャグを言ったが、その顔を見 るかぎり、どうやら本気であることを信じてよさそうだ。それでも浅見は念のために、もうい ちど「本当に本当ですか?」と確かめた。 「本当だって言ってるだろ。まあ、浅見ちゃんが信じられないのも無理はたいかもしれたい。 正直なことをいうと、おれだって最初は本気で信じる気にはなれなかったのだから。しかしこ れは事実なのである。じっはね、これはある筋から依頼された、いわばスポンサーつきの企画 なのだ。しかも、浅見ちゃんでたきゃだめという条件までついている。つまり、要するに、単 なるルポ記事を書けばいいというのではなく、裏には何か別の狙いがあると考えていいだろう な。おれの推測では、何かの事件がらみではないかと思う」 「事件が起きているんですか?」 「いや、それは分からないよ。だいたい依頼人の名前も素性もまだ分かっていないのだからね。 しかし、単にルポを書かせるだけならば、なにも浅見ちゃんでなくったって、掃いて捨てるほ どのライターがいるだろう」 藤田の無神経な発言は、浅見の自尊心をいたく傷つけたが、浅見は「掃いて捨て」られる中 の一員として、文句は言えない。 「あえて浅見ちゃんをと指名してきた背景は、きみの探偵としての特殊能力に期待してのこと だろう。だから法外な取材費の上に、相場を無視するような原稿料まで提示してきたにちがい たい」 藤田の言う原稿料の「相場」なるものが、近年の物価水準からいうと、比較しようがないほ ど低廉なものであることは棚に上げている。 それはともかくとして、浅見は「事件がらみ」という部分に引っ掛かった。 「残念ながら、この仕事はお断りします」 「え-っ、本気かよ?」 今度は藤田が信じられないという声を発した。 「どうしてさ。こんな条件のいい仕事は浅見ちゃんはもちろん初めてだろうけど、おれだって、 長い編集者経歴において、前代未聞のおいしい話だよ。何が気に入らなくて断ろうって言うの さ?」 「条件がいいっていう点は認めます。貧乏人の僕にとっては、確かにありがたい語であること も事実です。しかし、『事件』というのがネックですね 。あらかじめ事件が起こることが分かっていて、ノコノコ出かけていくのはまずいですよ。こんな話がもし、うちのおふくろさんに知れたら、どういゆうことになるか、編集長だって分かっているでしょう」  本文P.7,8より  
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