書名
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魚籃観音記
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著者
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筒井康隆、魚籃観音記
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出版社
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新潮社
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定価
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本体 1300円(税別)
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ISBN4−10−314525−0 |
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本編黙読中は、BGMに「MISTY」など用い、頁を繙くのに用いぬ方の手で静かに手淫行わば、結末間近にして大いなる歓喜法に導かれること間 いなし。ゆめゆめ疑うことなかれ。作者 かなわぬ時の観音頼み、いつものように助けを求めて、孫悟空は南緯の普陀落伽山にや ってきた。峰は高く聳え、千般の瑞草の中に百様の奇花が咲く世にも稀な景色だが、そん なものに見惚れている余裕など、悟空にはない。鸚哥が語り孔雀の啼く紫竹林の中へさっ さと入っていくと、彼方から善財童子が笑いながらやってきて出迎えた。 「やあ。孫大聖。先だってはお世話になりました」 見れば善財童子とは、以前号山に火雲洞という住まいを持ち、悟空たちをさんざ苦しめ た紅孩児ではないか。今は観音菩薩の戒めを受けて弟子にしてもらい、善財童子という名 皇 を貰っているのである。 「手前、あの時はおれをひどい目にあわせやがったなあ」悟空は苦笑する。「三蔵さまを さらった上、水でも消えねえ三昧火で、おれに大火傷させやがった」 「いや申し訳ない。さいわい菩薩がお慈悲をかけて引き取ってくださったので、今では一 日中老傍を離れず、宝蓮台のもとに侍っております」 なるほど観音が手放さぬのも道理、この童子、髪は燃えるように赤く、顔の色はあくま で白く、紅を塗ったような唇が艶やかに濡れているという、女としても秀麗な美少年であ る。嘗て梧空と戦うため、炎に包まれた手車に乗り、槍を持ってあらわれた時などは、腰 に錦のスカートを覆っただけで上半身は白く光る裸体、新月のような眉の下の眼をいから せたそのあまりの美しさと妖気に、敵ながら悟空さえ舌を巻いたものだ。 「お前、本当に改心したんだろうな」 悟空に疑いの眼を向けられ、善財童子は突然もとの不良少年に戻ったかのような、いさ さか崩れた軟派の笑いを見せた。「いやだなあ。本当だよ」 「すぐ、菩薩に取り次いてくれ」悟空はそう言い、急きこんで喋り出した。「通天河に住 む霊感大王という妖怪が、お師匠さまをさらいやがった。川底に棲んでいるから、水が不 得手のおれにはどう仕儀もねえ。観音さまに助けてもらいてえんだ」 「菩薩はそのこと、とうにご存知の筈だよ」善財童子はそう言った。「今朝お目ざめにな るとすぐ、悟空が困った顔をしてやって来るだろうから、ここで出迎えて待たせておけと おっしゃって、ご自分は竹林の奥で何かなさっている。まあ、ここで待ってなさいな」 悟空はしかたなく普陀巌の上に腰をおろして、しばらく善財童子を相手に、彼の父親で 悟空とは義兄弟の契りを結んだ牛魔王の噂などをしていたが、なかなか菩薩が出てこない ので苛立ちはじめ、我慢できず、ついに立ちあがった。 「何してるんだ観音さんは。早く戻らねえとお師匠さんが霊感に喰われちまう」 行きかけた悟空を善財童子はあわてて押しとどめた。「孫大聖。やめた方がいい。菩薩 は自分が出てくるまで待てとおっしゃったんだよ」 「だって、遅すぎるじゃねえか。忘れていなさるのかも知れねえ。ちょっと声をかけるく らい、いいだろう」 本文 P.9,10より | ||
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