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 利休にたずねよ
 
山本兼一/著 出版社:PHP研究所 定価(税込):2008年11月   
第一刷発行:1,890円 ISBN:978-4-569-70276-6 
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2009年 第140回 直木賞受賞  己れの美学だけで天下人秀吉と対峙した男、千利休。茶聖ではなく、人間利休に心魅かれる著者が、その謎に包まれた生涯を解き明かす。
 
利休にたずねよ 山本兼一/著

本の要約

飛び抜けた美的センスを持ち、刀の抜き身のごとき鋭さを感じさせる若者が恋に落ちた。堺の魚屋の息子・千与四郎――。後に茶の湯を大成した男・千利休である。女のものと思われる緑釉の香合を肌身離さず持つ利休は、おのれの美学だけで時の権力者・秀吉に対峙し、気に入られ、天下一の茶頭に昇り詰めていく。利休は一茶人にとどまらず、秀吉の参謀としてその力を如何なく発揮。秀吉の天下取りを強力に後押しした。しかし、その鋭さゆえに、やがて対立。秀吉に嫌われ、切腹を命ぜられる。本書は、利休好みの水指を見て、そのふくよかさに驚き、侘び茶人という一般的解釈に疑問を感じた著者が、利休の研ぎ澄まされた感性、色艶のある世界を生み出した背景に何があったのかに迫った長編歴史小説である。

山本 兼一 (ヤマモト ケンイチ)       
1956年(昭和31年)、京都市生まれ。同志社大学卒業後、出版社勤務、フリーランスのライターを経て作家になる。1999年、「弾正の鷹」で「小説NON創刊150号記念短編時代小説賞」佳作。2002年、『戦国秘録 白鷹伝』(祥伝社)でデビュー。2004年、『火天の城』(文藝春秋)で第11回松本清張賞を受賞。2005年、同作が第132回直木賞候補に選出される。2008年、『千両花嫁―とびきり屋見立て帖』(文藝春秋)で第139回直木賞候補になるなど、いま最も勢いのある時代小説作家として注目されている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


オススメな本 内容抜粋

死を賜る

── かろかろとは、ゆかぬ。
利休の腹の底で、どうしようもない怒りがたぎっている。
かろやかで、すがしい清寂のこころに立ちたかったが、そんな境地からは、ほど遠い。
寝間で薄縁に横になっていても、口惜しさで、頭がはちきれそうである。
── 猿めが。
あの男の顔を思い出すと、ただひたすら腹立たしい。
死なねばならぬ理由など、なにひとつありはしないのだ。すべては、あの小癩な小男のせいで
ある。
女と黄金にしか興味のない下司で高慢な男が、天下人となった。そんな時代に生まれあわせた我
が身こそ不運である。
夜半から、はげしい雨が降り出した。屋根を叩く音が耳にさわってやかましい。
頭を振り、なんど追い払っても、すぐにまた禿げ鼠にも似た男の顔がうかんでくる。そのたび
に、怒りがこみあげた。釜の湯が大濤を鼓って沸くように、こころに葱怒がたぎっている。
身じろぎもせず、利休はじつと寝間の闇をにらんだ。
雨音がひときわ高まり、黄色い閃光が障子をあかるく染めた。
すぐに雷鳴がとどろいた。
── わが怒りが、天に通じたか。
そう思えば、こころが、わずかにかるくなった。
褥から起き上がり、障子をひらいた。また闇が光り、庭が黄色く染まった。
大粒の雨が苔を叩いている。
「たいへんな嵐ですこと」
次の間に寝ていた妻の宗恩が、手燭を持ってあらわれた。やはり一睡もしていないらしい。
「春に嵐はつきものだ。灯りを消しなさい」
闇にふたつの光は無用である。雷の夜なら、稲光だけを感じていたい。
二人で広縁にすわった。
ときおり閃光が露地を照らし、雷鳴がひびきわたった。これが、今日という日の、天地のもてな
しであろう。
松や愼の枝が風にしなり、歯朶や千両が雨に叩きつけられている。
稲妻と雷鳴が、しだいに強さを増して、聚楽第に近づいてきた。
太い稲光が、すぐそばで闇を縦に切り裂いた。
かんはつこうおんひてよしやかた
間髪をいれず、轟音が天地をゆるがした。聚楽第のまんなかに建つ秀吉の三層の館のあたりだ。
怯えた宗恩が、身をすりよせてきた。
よわいかかお
齢をかさねても、この女は、不思議なほど枯れず、やわらかな肌をいつもあまく薫らせている。
「わしは、あやまらんぞ」
むろん、秀吉の話だ。
「はい」
「それでよいな」
なにごとにせよ、利休が念を押すのはめずらしい。
「そうなさるだろうと思っておりました」
「おまえや子どもたちにも、累がおよぶやもしれぬ」
ちかごろ、秀吉は激昂しやすい。利休の春属の端にいたるまで傑にせよ、と、わめき出さぬと
もかぎらない。
「もとより承知でございます。関白様に命乞いなさるお姿を見るくらいならば、いっそ、わたく
しも殺されたほうが、よほど気が休まります」
妻の気丈さがありがたい。口にはせず、深くうなずいた。宗恩は、わずかな首のかしげ方や目
のうこかし方だけで、利休のこころの奥まで読みとってくれる。
「この期におよんで、頭を下げるくらいなら、とうの昔に茶頭などやめて、どこぞに隠遁しておっ
た。それをせなんだのは……」
あの禿げ鼠に、美というものの恐るべき深淵を見せつけてやりたかったからだ。
── 下司男めが。


(本文P. 7〜9より引用)


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