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 小説、世界の奏でる音楽
 
保坂和志/著  出版社:新潮社 定価(税込):  
第一刷発行:2008年9月 ISBN:978-4-10-398207-41,995円  
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小説は、人を遠くまで連れてゆく。書き手の境地を読者のなかに再現する小説論。
 
小説、世界の奏でる音楽 保坂和志/著

本の要約
[要旨]「真に受ける」ことこそ、考えることなのだ。決定的小説論、ついに完結!新しい小説を読み、考えるためには、批判をするのではなく、信じることが必要だ。考えるというのは、そこに書かれていることを「真に受ける」ことなのだ――『小説の自由』『小説の誕生』につづく、本当に小説を読みたい、書きたい人のための画期的小説論、完結篇。連載中に亡くなった小島信夫氏への追悼文と「追悼小説」も収録。

[目次] 1 私たちの生を語る言語;2 緩さによる自我への距離;3 グリグリを売りに来た男の呪文;4 涙を流さなかった使徒の第一信;5 ここにある小説の希望;6 私は夢見られた;7 主体の軸となる現実は…;8 われわれは自分自身による以外には、世界への通路を持っていない;9 のしかかるような空を見る。すべては垂直に落ちて来る。;10 遠い地点からの

■著者紹介
  保坂 和志 (ホサカ カズシ)        1956年、山梨県生まれ。鎌倉で育つ。早稲田大学政経学部卒業。1990年『プレーンソング』でデビュー。93年『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、95年『この人の閾(いき)』で芥川賞、97年『季節の記憶』で平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


オススメな本 内容抜粋

まえがき ─ 真に受ける能力 ─

小説とは何か?
この本を手に持って、いまこうしてこのページを開いている人は多かれ少なかれ、「小説とは
何か?」というこの問いを持っているだろう。
しかしこの問いは一番もっともらしく見えるにもかかわらず一番答えにくく、それどころか仮
りにこの問いに答えがあるとしても、こちらの気持ちをその答えに向かって一番動かしにくい。
小説家自身はきっと誰も「小説とは何か?」と考えながら小説を書いてこなかったし、いまも
書いていない。いや、人から訊かれれば誰もが「小説とは何か?という問いを持ちながら書い
ている。」と答えはするだろうし、それは決して嘘ではないのだが、実際に小説を書く場面では、
その問いは「“小説”という共通了解の範囲を踏み越えるにはここでどう書けばいいか?」とい
う、作業の具体性に形を変えているはずだ。
ここで、こういう問いの形を取るということは“小説”というものが書く本人にはわかってい
るかのように響くかもしれないが、ひとまず暫定的な概念をそれにあてはめておいて実際の作業
の方に専念することによって、その作業を経たことによって暫定的に形を与えていた”小説”が
書いた本人の中で形を変えたり形をいっそう失なっていったりする。そのようなやり方によって
問いを持続させる方法が確かにあるのだ。一見一番もっともらしい「小説とは何か?」という問
いは、書くというサイクルを通じて問いを持続・更新させるあり方と比べて、とても非−当事者
的な態度で、働きかけるという運動性を持っていない。
読むことも同じで、「この小説はどう読めばいいのか?」「この小説はどういう困難を抱えなが
ら書かれたのか?」と考えながら読むことが「小説とは何か?」という問いを追い越してゆく。
私の場合には小説を読むということは、それを読みながらそこから刺激されたことをどれだけ多
く考えることができるかに賭けられていると言ってもいい。
もともと批判したくなるような小説は取り上げていないわけだが、批判は知的な行為ではない。
批判はこちら側が一つか二つだけの限られた読み方の方法論や流儀を持っていれば簡単にできる。
本当の知的行為というのは自分がすでに持っている読み方の流儀を捨てていくこと、新しく出合
った小説を読むために自分をそっちに投げ出してゆくこと、だから考えることというのは批判を
することではなくて信じること。そこに書かれていることを真に受けることだ。
そんなことは誰も言っていないとしてもそうなのだ。非−当事者的な態度を投げ捨てれば、書
かれていることを真に受けるしかない。言葉では「しかない」と、とても限定的な表現になるが、
そこにこそ大海が広がっている。教養や知識としての通りいっぺんの小説なんかでない、生命の
一環としての思考を拓く小説がそこに姿をあらわす。
これは「新潮」二〇〇四年一月号から連載した「小説をめぐって」の第三期の単行本だが、雑
誌でこの連載に偶然出合った読者をいつも頭の片隅に置いていたので、どの章から読んでもらっ
てもかまわない。私としては第1章からより第3章あたりの方が入りやすいのではないかと思う。
連載中の二〇〇六年十月二十六日に小島信夫さんが亡くなった。そのため追悼文と『K先生の
葬儀実行委員として』という追悼にひっかけたかのような小説も入ることになった。『K先生』
はしかし私は十月初旬に書き出していた。私の望みは、小島信夫さんがご存命のうちにこの短篇
を発表して、「恩知らず」「人でなし」と人から言われることだった。「恩知らず」と言われると
いうことは小島さんがまだ生きているということだ。しかし小島さんは私が『K先生』を書きあ
げる前に亡くなり、私は「恩知らず」と人から思われることもなかった。


(本文P. 9〜11より引用)


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