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 パンク侍、斬られて候
著者
町田康/著
出版社
マガジンハウス
定価
税込価格 1680円
第一刷発行
2004/03
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ISBN 4-8387-1490-4
 
牢人は抜く手も見せずに太刀を振りかざすと、ずば。長編時代小説。
 

本の要約

「鳩よ」「ウフ」に3年間連載された著者初の長編時代小説が、大幅加筆修正ののちについに登場!江戸時代、奇怪な宗教団体「腹ふり党」が蔓延する藩に現れた牢人・掛十之進。彼はいかがわしい弁舌と剣の実力を発揮して活躍するが・・・強烈な言語パワーにあふれたシュールな世界は目が離せない!



オススメな本 内容抜粋

街道沿いの茶店に牢人が腰をかけていた。
晴天であった。
牢人は茶碗を手に持ち往来の人を放心した人のように眺めていたが静かに茶碗を置いて立ち上がると、茶店に面して道幅が円形に広がった広場のようになったあたりに生えた貧相な三本の松、その根元の自然石に腰掛けて休息している巡礼の父娘に歩み寄った。
六旬まりの父はもう足腰も相当に弱っている様子で或いは疵気でも患っているのであろうか、腰を押さえ苦しそうにへたばっている。
また娘の方はというと年の頃十七、八、健康そうで器量もよろしく、年老いた父を甲斐甲斐しく世話しているのであるが、娘が一方的に父の面倒をみるわけにいかぬというのは娘が盲目であったからである。
父は患っていて娘は盲目。このような境遇をはかなんでふたりは巡礼の旅に出たのであろうか。
親子の前で立ち止まった牢人は、にた。
と笑った。妙であった。にこ。ならよい。
しかし彼は、
にた、と笑ったのである。いったいぜんたいどうしたのだろうか、と巡礼の父娘が思う間もない、牢人は抜く手も見せずに大刀を振りかざすと、ずば。父親の右肩から左脇にかけて袈裟懸けに斬りつけた。
ぎゃん。父親は右手をかざしつつ後方に倒れた。
頸動脈が切れ、噴水の如くに血液が噴出、返り血を浴びるのを避けたのか、牢人は一尺飛び下がって肩に刀を担いで腰を沈め傲然とした。
父親はひくひく痙攣して出血が彩しく、もはや命が助かる見込みはない。
目が見えないながらも異変を察知した娘もただ取りすがるばかりでなにもできない。
なんという無茶苦茶なことをするのであろうか。
いぎなりなんの罪科もない巡礼の父娘をたたき斬る。
こんなことが許されるのか。
茶店界隈には随分と人がいた。
茶店の主の他、人足風の男たち。
行商人風の男。角兵衛獅子。
鳥追い。
その他有象無象群衆民衆である。
この凶行に対して群集は、きゃあ。とも、すう。
とも言わず、また驚き惑い恐慌に陥ってあさましくおめきつつ逃げまどうということはなく黙りこくって立ちつくし無表情であった。
誰も声を立てない。
牢人も無言、群集も無言。茶店の親爺も無言。
上空に雲ひとつない青空が広がって、雀がちゅんちゅらと鳴いた。
そのときである。
一人の侍が歩いてきて牢人の前で立ち止まり、会釈して言った。
「卒爾ながらお尋ね申す」
「はあ。なんでしょうか」
「拙者は当黒和藩藩士、長岡主馬と申すものだが尊公は?」
侍に穏やかに話しかけられた牢人は無残な凶行に及んだのにもかかわらず同じく落ち着いて納刀すると、
「私は炸州牢人掛十之進です」と尋常の口調で言った。
「では、その掛殿にお尋ね申す」
「なんでしょうか?」
「なにゆえこの者達を斬ったのだ」と、ここで初めて長岡は返答次第によっては容赦はしない、という気合のこもった口調で言った。
しかし掛十之進はどこまでも落ち着いて、
「なぜこの者を斬ったかってことですね」
「その通り」
「では申す。この者達はこの土地に恐るべき災厄をもたらすに違いないから私は事前にそれを防止すべく斬ったのです」と言ってちらりと父娘の方を見た。
父親はもはや絶命したのであろうか。ぴくりとも動かない。
一方娘の方は虚脱したように座り込んでいた。
「なにゆえこの者どもが当地に災厄をもたらすのです?とうていそのような者には見えぬが」
「ははは。そらそうでしょう。それが奴らの恐ろしいところですからな。それと分からぬ恰好で潜り込み一国を滅ぽす」
「おっしゃってることがよく分からぬな」
「それも無理はない。ではこの者どもの正体を申し上げましょう。この者どもは腹ふり党です」
「腹ふり党。はて、それはなんでござるか」
主馬はぽかんとして尋ねた。
「あなたが腹ふり党についてなにも知らぬのは無理からぬところだ。 説明いたそう」

 

(本文P.3〜5より引用)


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