今、ここで。川の畔で。草叢で。めくるめく愛欲と忘我の営み・・・。傑作官能小説集!男は隣家の女に荒々しい欲望を抱いた。女は男に腹立たしさと魅力を感じた。やがて二人の距離は男のある言葉で埋められ・・・「隣の宇宙」。妻が隣家の男と関係を持っていることに夫がきづいたありふれた夫婦は・・・。表題作等、性の極みを濃厚に描ききる!
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キャベツ畑は、四方を囲む建物に向かって、まだ生きているぞ、と叫んでいた。 春の陽光を受けて整然と一列に並ぶ丸々と膨らんだ玉菜は、生命そのものだった。 マンションの四階の外廊下に立って、彰はぼんやりと都内に残る最後の畑を見下ろしていた。 練馬大根で有名なこの地域には、かつては広大な畑が広がっていたはずだ。 それが次第にマンションやアパートや新興住宅によって潰され、今では建物に囲まれた四角い畑しか遺されていない。 遠くに目を遣ると、丘陵地に広がる建物群の狭間に、畑や空地が種を蒔いたように点在している。 豊饒なる自然の恵みを与えつづけてきた土地の残津だった。 彰が廊下で立ち止まったのは、これが初めてだった。 実際、この階にある五戸の家の誰一人、殺風景な廊下なんぞで足を止めたりはしない。 しかし今朝、近くのコンビニで煙草を買って戻ってきた時、ふと部屋のベランダからではない景色を眺めつつ、煙草を吸いたくなったのだっ た。 手摺りに両肘をもたせかけたまま、彰は煙草を深々と吸って、仕きだした。 煙が風に乗って流れていく。 白っぽい市街地が朝の霞に湊んでいる。 遥か彼方に、天に口づけをするような富士山の頂が見えた。 爽やかな朝の空気の中に、灰かに緑の匂いを嗅いだ気がした。 水色に澄みきった空。 キャベツ畑を取り囲むマンションや古ぼけた家々。 その向こうに横たわる都市の連なり。 それらすべてから底知れぬ空虚感が放たれていた。 コッコッコッ。空虚さの中に小石を放りこんだように、階段のほうから靴音が聞こえた。 彰は体は動かすことなく、目だけ階段のほうに遣った。 セミロングの髪を無造作に束ね、白い薄手のセーターに、膝小僧の見える薄緑色のスカートを穿いた細身の女の姿が現れた。 隣の女だ。 会社員の夫と幼稚園に通う娘がいる。 このマンションに越してきて半年経つだけに、隣近所との交際がなくても、その程度のことは把握していた。 女は挨拶するでもなく、足早に彰の背後を通りすぎた。 微かな女の体臭が風と共に過ぎていったと同時に、彰は首を巡らせた。 白いセーターを透かして、ブラジャーの紐が見えた。 緑のブラだ。 彰は目を細めた。 娘を幼稚園にでも送っていっていたのだろう、女はバッグを持ち、少し息を切らせていた。 一番奥のドアの前に立つと、肘に掛けたバッグから鍵を取り出した。ドアに鍵を差しこんだ弾みに、細い肩が斜めになり、癖のない髪の毛が白い頬にぱらりとかかった。透明感のある女だった。 あまりに透明で、空気よりも清潔に思える。 ガチャッ。鍵の開く音が廊下に響いた。ドアを開けて中に入る直前、女は彰に視線を向けた。 荒々しい欲望に全身を貫かれた。 しかしそれに気づくより先に、一人の女の顔が彰の脳裏に広がった。 ちりちりした蜂蜜色の金髪に縁取られた陶器のような頬。 青い瞳に、いつも笑っているような大きな口をした女。 エリアン。 かつての隣人の思い出に圧倒され、彰は隣の女のことを一瞬、忘れた。
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