ぼくは、気がつくと、ある日のことを始終、考えている。 ワインが焼けて、アダムが死んだ日のことだ。 アダムとは、ときどき朝食をともにすることにしていた。 仲間というよりも悪友に近い仲で、顔を合わせてもたいした話があるわけではない。 お互いのプライヴァシーに踏み込んだこともなかった。 自分の得意とする分野の情報を交換する程度だ。アダムはボートを上手にあやつり、町のことをよく知っていた。 居心地のいい隠れ家のようなフィンの店を教えてくれたのは、土地っ子のアダムだ。 いつも、ぼくが勘定を持つ。 たかが朝食にすぎないが、当然のことだ。 年長者の体面である。 約束の時間に、二十分近く遅れていた。 ひどい朝だった。 車を降りて歩き出すと、耳の端を、風が捻って通り過ぎた。 空は、わずかに臼みかけていたが、大陽のありかが鷹で、街燈がまだついている。 一晩じゅう荒れた風はおさまりきらず、重い梢がうねり、泣きだしそうな朝の空にざわめいていた。 フィンの食堂のちっぽけなコテージは、夜嵐に持ちこたえて、川べりにへばりついている。 扉を開けると、追いかけてきた風がひと筋、店に吹き込んで、板張りの床をさらった。 時計の下の磨かれたカウンターで、年寄りが、古いポータブルテレビをみながら、フィンと話している。 ホバークラフトやボートを扱う連中が集まるには半端な時間なのか、風がひどかったせいか、客はそれだけだった。 ごつい手でマグ・カップを拭いていたフィンが、こちらに視線を走らせて、ちょっと驚いた表情になった。 朝の挨拶を聞こえるようにいって、ぼくは川が見渡せるオークのテーブルについた。風が窓ガラスを打ち、震わせている。 川辺に自然にできたながい砂州に、ボートが数艦かたまって、じつとやり過ごしているのが見えた。 このぼくも、つかのま、身をよせている。入江の続くチェサピークの内湾に面した、この小さな町に。 湾部が街中まで入り込んでいるアナポリスでは、水脈が奥へ奥へと岐れ、おびただしい水路になる。 海という響きの持つ力が、続きになって街の水辺に漂う。 人の手の入らない川のほとり。 時代ものの橋。カモメやミサゴが我がもの顔で水と生きている。 アメリカ合衆国の最初の首都だったというけれど、現実とは思えなかった。 わずか十か月にせよ、この町が大国の要であった時期があるなんて。 指折りの商港を背景に開けた土地であるわりに、町なかの水路には、小ぶりの船たちしかいない。 港が浅く、大型船が入って来られなかったおかげで、小さな町のままなのだ。 歩みののろい時間の流れと同じように、潮の満ち干も緩慢で、水際ぎりぎりに家が建ち、水面に突き出した棒きれのような杭に、ボートが繋がれている。 桟橋が至るところにあり、何隻もの船が現れては消える。 町にいると、ここに立ち寄った船たちと同じように、無限の行き先があり、停泊を続けることも、いつか出航することも自在なのだという錯覚を持つ。 そのくせ、帆をあげる気にならない。 すっぽり水都にくるまれ、船ばかりを見て、もう何年もが過ぎた。四十になった頃、ぼくは、自分が少年の頃思い描いていたような、ひそかに撰ばれた者ではないことに気づきはじめた。 それから数年が過ぎたいまでは、結局、出来損ないの男じゃないかとさえ、疑い始めている。 諦めも疑いも歳月も、水が縦横にたやすく流し去っていく。だから、たぶらかされる。逃げ出してきた者でさえ、夢のしっぽのようなものを眺め、ぬくぬくと、柔らかい画のなかに甘んじていられる。 旅立った船は、遥かな国でいまを生きる人間たちの宿命を、刻々と変えてゆくのだろう。 が、ぼくはそんな場所には立てない気がしてきていた。 アダムは、まだ来ていなかった。落ち合う約束とはいっても、都合で彼が来ないことはよくあった。 そんなときは、一人で朝飯を食い、一人ぶんの勘定を払うだけのことだ。が、少し気落ちした。 ワシントンから引きずってきた苛立ちや焦りを、アダムとの時間が和らげてくれるはずだったという、身勝手な理由からだ。光のように若く、タフで熱心なアダムの顔を、一週間ぶりに見たかった。 フィンが、年寄りになにかいった。年寄りは振り返って、ぼくのほうを見た。眉を上げて、ひとこといいたげに口を開きかけたが、白髪の頭をもとに戻し、再びテレピに見入った。 フィンがつと寄ってきて、テーブルのそばに立つ。 コーヒーのたっぷり入ったポットと、大きなマグを持っている。 「ひどいことになったもんだね」 同情ぶくみの口調に、ぼくは戸惑った。
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