本書「解説」より 石原が逝ったのは昭和62年7月17日、夏の日のことでした。それから十六年の歳月が時を刻み、この夏、十七回忌を迎えました。石原が亡くなった翌年の秋から、少しずつですが膨大に残った手つかずの遺品の整理を続けてまいりました。その中に、石原の肉声が入った二十三本のカセットテープがあったのです。テープは取材で頂いたもので、大切に保存して長い間、仕舞ってまいりましたが、ほぼ遺品の整理が終わった昨年暮れに、ラジカセに入れて聞く機会を作ってみたのです。短いテープもあれば、長いテープもあり、さまざまな様子で語る、あの明るい石原の声に、懐かしさというよりも、まさに傍らに裕さんがいて、身ぶり手ぶりを交えながら、話してくれているような、錯覚をおぼえるくらい現実感を帯びたテープでした。天衣無縫に、大らかに話す石原や、たぶん大好きなお酒を飲みながら話しているのでしょう、茶目っ気たっぷりに話す石原や、ああ、裕さんらしい、吹き出しそうになるくらいユーモアに富んだ石原や、またある時は、例えば病魔との闘いのくだりなどは、本当に胸が締めつけられるような、しんみりとした口調の石原がいました。
神戸、小樽、そして逗子。 山下汽船の重役だった親父の任地の関係で、僕たち家族が暮らした街だ。 どこもみな、家から海が見えたけど、なかでも小樽の家からの眺めは素晴らしかったね。 小樽港へ真っ直ぐ続く長い坂の山の手にあってさ。 二階の部屋から港が見渡せるんだ。三 歳から九歳まで、僕は小樽の海を見ながら暮らした。 小樽の家には、オンコの木の生け垣があってね。 すぐ裏には、きれいな小川が流れていた。 小川は冬場はもちろん雪をかぶってしまうんだけど、それ以外の季節は、僕ら幼い子たちの絶好の遊び場になっていたんだ。 あれは、いつの季節だったのかな。 戦争が始まる前だから、僕が小学校にあがる前後だったと思うけど、隣の家で可愛い子犬が五匹くらい生まれたんだ。 まだ、やっと目があいたくらいでね。 抱き上げるとクンクン鼻を鳴らして、これがとっても可愛いんだ。 僕は子犬を遊ばせてやろうと、抱いたまま裏の小川に抱いて連れて行った。子犬も水遊びを喜ぶと子供心に思ったんだね。 子犬を小川に浮かべて手を放したら、泳いだよ。 “犬掻き”で一所懸命に泳ぐんだけど、せせらぎといっても、幼い僕や子犬にとっては、流れが速すぎたんだね。 (あっ) と思ったとき、子犬がもう流されちゃって、どんどん遠ざかる。 必死で追いかけたけど、子供の足じゃ、追いつかないさ。 子犬の姿が、だんだんと小さくなっていってね。 やがて見えなくなってしまった。 このとき僕は、どんな顔をしていたのだろね。 泣いたという記憶はないんだけど、可愛い子犬を自分の不注意で死なせてしまったという、良心の呵責とでも言うのかな。 そんなものに胸を締めつけられたことを覚えている。 後年、ロケなどで北海道に来るたびに、小樽まで足を伸ばして、僕はこの小川に花を手向けた。 数え切れないほど楽しい思い出が詰まった小樽時代の、僕の“心の疵”なんだ。 僕が住んでいた緑町一丁目から、坂を上に歩いていくと、小樽商高があるんだけど、その途中に大きなアカシアの木があってね。 そこからは小樽港が一望できた。 眼下に雄大な景色がパノラマのように広がってさ。 絶好のロケーションの場所だった。 しかも朝陽が、斜光線で射してくるから、写真好きだった親父は、ここがお気に入りでね。 パノラマの風景の中に兄貴と僕を立たせて、よく早朝の写真を撮ったものだ。 親父は、日曜日になると必ずゴルフに行くんだけど、出かける前に「写真を撮るぞ」って、兄貴と僕を起こすんだ。 こっちは眠いのにさ。 逆らうわけにもいかないから、兄貴と僕は、眠い目をこすりながら、親父の後をついて、アカシア木のところまで、てくてくと坂道を上って行くというわけ。 でも、ここから見る陽の出は素晴らしかったな。 海の向こうから朝陽がゆっくりと上がってきてね。 これが壮観なんだ。そして斜光線が射すと、兄貴と僕が逆光になって、それを親父が背後から何枚も撮るんだ。 そのころの写真が、いまも手元にたくさん残っているけど、アルバムをめくるたびに、親父が切るシャッター音が聞こえてくるような気がするね。 いまの我が家には、家宝と呼ぶような特別なものはない。 陶器や絵なんかは、けっこう 値の張るものは持ってるけど、家宝と呼ぶほどのもんじゃない。 もし火事で焼けたら、一応、お金に換算して、(号いくらの絵だから、ン百万円損したか。もったいないな)
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