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花は落花、春は微風の婀娜めく午後、純白の水兵服の上衣に紺の衿、繻子のタイふうはりと結んで、プリーツ寛けくつけた紺のスカートの娘、三番町の路すたくと歩み来つて、小ぶりの門に松寓と表札のある二階家へ。
迎へ出た婆やが、制服の肩の花びら二つ三つ摘み、ちらくと宙に舞はせ、「まるでお芝居の雪。」
と眩いてから、
「お帰りなさい、真佐子様。図書館はお目あての本、ございました?」
と問ひ掛け、答へる暇もあらばこそ、
「さうく、さつきお使ひが……、」
と差出せば広やかな玄関の薄闇に角封筒の白ほのか。
「郵便屋さんぢやなくて?」
「はい、小さな男の子。片眼に黒い眼帯をしてましてね。飛んだ海賊気取り。」
「おや、誰かさんと同じ好み。」
と調戯つたのは婆やの宝物が真佐子の読み古しを拝領の『宝島』で、就中、片足のシルヴァーが大のお気に入りだからである。
受取つた封筒の所書と宛名をちらと見たきりで、娘が灰暗い階段を昇り、天窓から四角く、しかし櫻の葉叢に妨げられつつ滴り落ちる乏しい光で確かめると、やはりその涼しい筆蹟は中橋一馬のもの。
すらりと丈の高い男の面影思ひ浮べながら六畳の部屋に入り、封を切ればザラ紙に、
真佐子様
漸く時間が取れました。
この世の名残に一度お目にかかりたい。ぜひいらして下さい。
五時、麹町郵便局の奥の方テレビのある辺。簡易保険、年金の前の椅子。
屹度出向きますからお待ち下さい。
中橋一馬
と凶々しい言葉まじへて、胸の痛くなる走り書。しかも先日書き送つた便りのことは一言も触れてゐない。
母なる人に電話をかけたときのおろおろ声の応答では、
「戻りましたら渡しませう。」
とのことだつたのに。とすれば己の家に久しく立ち寄らぬ日々なのか。
抑この若者は父の親友の息子で、幼いころから顔見知りの間柄。
とりわけ去年は一度は音楽会に一度は歌舞伎へ、二人で行き、これはもちろん嫌ひではない暗標だけれど、口づけ一つしたことのない伸なのに、去る正月、唐突に便りがあつて、婚約を破棄したいと寝耳に水の文
面。真佐子が驚いて母に質問ると、「お前に言はずにそんな約束をするものですか。江戸時代ではあるまいし。」
とのことだつたし、父に問へば婚約話のことに無言のま・大きく頭を振つた上、暗然たる面持で、
「赤くなつたので心配だと言つてゐたが……叛徒とかいふ仲間と聞いた。」
と長大息し、
「許嫁の件は何かのせいでの妄想だが、それを取消さうといふのは何か物騒なことを企て々ゐるために相違ない。」
と憂ひ顔で臆測するのであつた。
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