ぼくのおじさん
著者
川淵圭一/作 なかだえり/画
出版社
講談社
定価
本体価格 1400円+税
第一刷発行
2003/05
ISBN 4-06-211802-5
 
スローフードとスローライフのすすめ。37歳で超一流医大を卒業して医者になった、変わり者のおじさんと超デキの悪い甥の交流を通して描く青春記。
 

研修医 純情物語」著者の第2作!勉強がキライな、ふつうの小学生の“ぼく”後藤シゲル。ふつうのようで、ふつうでないかもしれない、おじさん。大好きなおじさんが見ていた、おかしくて、ちょっぴりほろにがい“ぼく”の9年間。

川淵圭一先生は、昔、荻窪に住まわれ、よく吉祥寺にお立ちより頂いたようです。

 



第一章
ケイちゃんおじさん

ぼくは、後藤シゲル。
勉強がキライな、ふつうの小学四年生。
そう、ぼくはホントにふつうの小学生なんだけど、ぼくの家族はちょっと変わってる。
小さいころは、自分の家族が変わってるなんて思わなかった。
でもこのごろ、つくづく思うんだ。
「やっぱ、うちの家族はどっかヘンだよなー」って。
まずだいいちに、ぼくには妹と弟が合わせて四人もいる。
─ 二つ下にふたごのルミとレミ、そのすぐ下にタツオ、そしてそのまた二つ下にコースケ。
兄弟がそんなにいっぱいいるのは、クラスのなかでもぼくだけだ。
先生たちはみんな、目をまるくする。
「へえー、五人も兄弟がいるん?いまどき、めずらしいんねえー」
いまだって、うちからおなじ小学校に四人も送りこんでいるのに、さ来年になったら五人ぜんいんが、学校で顔を合わせることになる。
ああ、はずかしい。
おとなたちは言う。
「いいんねえー、兄弟がいっぱいいて。毎日にぎやかで、まーず、楽しそうだいねー」
じょうだんじゃない!楽しいどころか、ぼくは毎日、とってもユーウツなんだ。ぼくの家は、学校よりもずっとずっと、ソウゾウしい。きんじょのおばさんたちに、「後藤さんち?ああ、あの『やかまし村』ね」なんて、言われちゃってる。家のなかではいつだって、妹や弟たちがバタバタと走りまわってる。あちこちでとっくみ合いのケンカがはじまり、ギャーギャー泣いたりわめいたりする声が、ひっきりなしにきこえてくる。ゆっくりおちつける時間なんて、これっぽっちもありゃしない。ごはんどきともなれば、ホントにもう戦争だ。ちょっとでもよそ見しようものなら、夕ごはんのおかずは、あっというまに、消えてなくなっちゃうんだから。
ルミとレミは、ふたごのパワーでこわいもの知らず、にくったらしさも二倍だ。
ひゃっかんデブのタツオは、いつもおなかまる出し、ダラシナイったらありゃしない。
キーキー声でやかましいチビのコースケは、お母さんにあまえるのが大のとくい……。
ああ、いやだ、いやだ。
ぼくのお母さんがまた、変わってる。
子どもが五人もいるから、お母さんはいつもそうじだ、せんたくだ、ごはんのしたくだと、いそがしく動きまわっている。
「あんたらのおかげで、アタシはいっしゅんだって、休むことができないんだからね」
とかなんとか、ブツブツ言いながら。
そんなときうっかり、「じゃあなんで、五人も子どもつくったんさ」なんて、口をすべらせちゃったら、もうたいへんだ。
「キィイィー!」
頭のてっぺんから、耳がつんざけるようなキンゾク音を発し、お母さんはいかりくるいはじめる。
そして、まわりにあるものをなんでも手あたりしだいにつかんでは、ほうり投
げる。そうなると、もう止まらない。
ぼくたちはあわてて家からとびだし、近くの公園まで走ってひなんする。
こういうのをヒステリーっていうんだそうだけど、とにかくお母さんは、はたらくときも、おこるときも、ホントにパワフルな人だなあ、って感心する。
でもいつもいつも、そんなにパワフルでいられるわけがない。
お母さんの体は、ときどきストライキをおこす。
いったんストライキに入ると、お母さんは一日じゅうベッドから起き上がらずに、へやにとじこもってしまう。
そんなとき、ぼくたちはしようがないから、となりに住んでるおばあちゃんにごはんをせがみにいく。
おばあちゃんは、お母さんの、またお母さんだ。
ぼくたちの家のとなりに、ひとりで住んでいる。
でもおばあちゃんに言わせると、ぼくたちがおばあちゃんのとなりに住んでいる、のだそうだ。
いつか、おばあちゃんにきいたことがある。
「おばあちゃんはなんで、ぼくたちの家のとなりに住んでるん?」

(本文P.4〜7 より引用)


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