「研修医 純情物語」著者の第2作!勉強がキライな、ふつうの小学生の“ぼく”後藤シゲル。ふつうのようで、ふつうでないかもしれない、おじさん。大好きなおじさんが見ていた、おかしくて、ちょっぴりほろにがい“ぼく”の9年間。
川淵圭一先生は、昔、荻窪に住まわれ、よく吉祥寺にお立ちより頂いたようです。
ぼくは、後藤シゲル。 勉強がキライな、ふつうの小学四年生。 そう、ぼくはホントにふつうの小学生なんだけど、ぼくの家族はちょっと変わってる。 小さいころは、自分の家族が変わってるなんて思わなかった。 でもこのごろ、つくづく思うんだ。 「やっぱ、うちの家族はどっかヘンだよなー」って。 まずだいいちに、ぼくには妹と弟が合わせて四人もいる。 ─ 二つ下にふたごのルミとレミ、そのすぐ下にタツオ、そしてそのまた二つ下にコースケ。 兄弟がそんなにいっぱいいるのは、クラスのなかでもぼくだけだ。 先生たちはみんな、目をまるくする。 「へえー、五人も兄弟がいるん?いまどき、めずらしいんねえー」 いまだって、うちからおなじ小学校に四人も送りこんでいるのに、さ来年になったら五人ぜんいんが、学校で顔を合わせることになる。 ああ、はずかしい。 おとなたちは言う。 「いいんねえー、兄弟がいっぱいいて。毎日にぎやかで、まーず、楽しそうだいねー」 じょうだんじゃない!楽しいどころか、ぼくは毎日、とってもユーウツなんだ。ぼくの家は、学校よりもずっとずっと、ソウゾウしい。きんじょのおばさんたちに、「後藤さんち?ああ、あの『やかまし村』ね」なんて、言われちゃってる。家のなかではいつだって、妹や弟たちがバタバタと走りまわってる。あちこちでとっくみ合いのケンカがはじまり、ギャーギャー泣いたりわめいたりする声が、ひっきりなしにきこえてくる。ゆっくりおちつける時間なんて、これっぽっちもありゃしない。ごはんどきともなれば、ホントにもう戦争だ。ちょっとでもよそ見しようものなら、夕ごはんのおかずは、あっというまに、消えてなくなっちゃうんだから。 ルミとレミは、ふたごのパワーでこわいもの知らず、にくったらしさも二倍だ。 ひゃっかんデブのタツオは、いつもおなかまる出し、ダラシナイったらありゃしない。 キーキー声でやかましいチビのコースケは、お母さんにあまえるのが大のとくい……。 ああ、いやだ、いやだ。 ぼくのお母さんがまた、変わってる。 子どもが五人もいるから、お母さんはいつもそうじだ、せんたくだ、ごはんのしたくだと、いそがしく動きまわっている。 「あんたらのおかげで、アタシはいっしゅんだって、休むことができないんだからね」 とかなんとか、ブツブツ言いながら。 そんなときうっかり、「じゃあなんで、五人も子どもつくったんさ」なんて、口をすべらせちゃったら、もうたいへんだ。 「キィイィー!」 頭のてっぺんから、耳がつんざけるようなキンゾク音を発し、お母さんはいかりくるいはじめる。 そして、まわりにあるものをなんでも手あたりしだいにつかんでは、ほうり投 げる。そうなると、もう止まらない。 ぼくたちはあわてて家からとびだし、近くの公園まで走ってひなんする。 こういうのをヒステリーっていうんだそうだけど、とにかくお母さんは、はたらくときも、おこるときも、ホントにパワフルな人だなあ、って感心する。 でもいつもいつも、そんなにパワフルでいられるわけがない。 お母さんの体は、ときどきストライキをおこす。 いったんストライキに入ると、お母さんは一日じゅうベッドから起き上がらずに、へやにとじこもってしまう。 そんなとき、ぼくたちはしようがないから、となりに住んでるおばあちゃんにごはんをせがみにいく。 おばあちゃんは、お母さんの、またお母さんだ。 ぼくたちの家のとなりに、ひとりで住んでいる。 でもおばあちゃんに言わせると、ぼくたちがおばあちゃんのとなりに住んでいる、のだそうだ。 いつか、おばあちゃんにきいたことがある。 「おばあちゃんはなんで、ぼくたちの家のとなりに住んでるん?」
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