99才まで生きたあかんぼう
著者
辻仁成 /著
出版社
ホーム社
定価
本体価格 1400円+税
第一刷発行
 
ISBN 4-8342-5088-1
 
テロ、戦争、不況がうずまく現代社会に生まれおちた一人の男の生涯を、繊細かつ独創的な手法でドラマティックに描いた、哲学小説ともいえる書き下ろしの意欲作。著者本人によるイラストも魅力的。
 

現代社会に生まれ落ちた一人の男の生涯を繊細かつ、独創的に描いた書下ろし小説!著者本人によるイラストと、哲学的な内容のストーリーが、独特の世界に読者を誘う意欲作です。



0さい

オギャー
オギャー
人間はだれもが泣いて生まれる。
このあかんぼうもやはり泣いて生まれてきた。
でも、何が悲しくてそんなに泣くのだろう。
前世での辛さを思い出して、泣くのかもしれないね。
生まれたての頃にはよく覚えているものだ。
一生がどんなに試練多きものだったかということを。
これから毎年、歯を食いしばって生きなければならないんだから。
そりゃ泣きたくなるよな。
でも大丈夫、それはしだいに忘れていくよ。
薄れるように人間はうまくできている。
そうじゃなければ辛すぎるからね、人生なんてものは。
泣きつかれたら、だんだん、見えてくる。
泣きやむ頃にははっきりと見える。
何が見える?
目の前にあるものは何かな。
そうだ。そのとおり。それは笑顔というものだ。
お前を生むために、腹を傷めた母親の笑顔さ。
お前が泣いているというのに、なぜ母親が笑っているのか、だって?
なぜかな、それもしだいにわかっていく。
しだいにといっても、何十年か後には、という意味だけど。
まあ、でも今は、ただ泣けばいい。
気がすむまで泣くことだ。
泣いて泣いて泣きつかれるまで泣くことだ。
そのうちに、あらゆることがおかしくなってくるよ。
さあ、人生のはじまりだ、幕開けだ、思う存分楽しんでくるがいい。

(本文P.2〜3 より引用)


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