サダム その秘められた人生
著者
コン・コクリン/著 伊藤真/訳
出版社
幻冬舎
定価
本体価格 1700円+税
第一刷発行
2003/03
ISBN 4-344-00320-9
悪魔か?英雄か?

決して人間を信じない極貧の孤児は、いかにして権力の階段をかけ上ったのか? 世界で唯一、サダム・フセインの実像に迫った衝撃のノンフィクション。英米ベストセラー緊急発刊!

九月十一日を予知したサダム

フセイン

二〇〇一年九月十一日の朝、イラクのサダム・フセイン大統領は、警戒態勢「レベルG」を国軍に命じた。
一九九一年の湾岸戦争以来の臨戦態勢。
米国東海岸を同時多発テロが襲う直前のことである。
サダム自身は出身地であるイラク北部のティクリートヘ向かい、厳重に防備を固めた地下壕に潜った。
サダムの二人の妻サジダとサミーラも、別の秘密地下壕に退避した。
普段はお互いを避けていたが、このときは二人一緒だった。この日、アルカイダの自爆テログループが民間航空機をハイジャックしてニューヨークの世界貿易センタービルとワシントンのペンタゴン(国防総省)に突っ込み、何千という罪のない市民や国防総省関係者が殺害された。
ハイジャックされた四機目の航空機はホワイトハウスを目指していたが、乗客たちの勇敢な行動により犯人の意図は挫かれた。
この航空機はピッツバーグ南郊に墜落し、乗客乗員全員が死亡した。
なぜサダムはこの事件の直前にティクリートヘ避難したのか?サダムは、事前にこのテロについて警告を与えられていたように見えた。
史上最悪のテロ事件に続く混乱の中、報復の最有力候補に浮上してきたのがサダム・フセインのイラクだった。
サダムの行動は秘密主義と厳戒の厚いべールに覆われている。
このためなぜサダムが国軍に緊急警戒態勢を命じて自らは堅固な地下壕に退避したのか、真実を正確に言い当てることは不可能だった。
しかしそのタイミングだけでも嫌疑をかけるに十分だったのである。
米国同時多発テロにサダムが関与していたことを示す具体的な証拠はなかった。
しかしワシントンにはこのイラクの独裁者に対して根強い反感があった。このためジョージ・W・ブッシュ米国大統領は、事件直後に政府内のタカ派に自制を求めなければならなかったほどだ。
ブッシュは矛先をアルカイダに集中させたかったのだ。
アルカイダはサウジアラビア出身の狂信的な人物オサマ・ビンラディンが率い、かつ資金を提供するイスラム過激派グループである。
あらゆる証拠は直接ビンラディンを指していた。
ブッシュ大統領は九月二十日に行った議会演説ではイラクに言及しなかった。一般論として「テロに対する戦争」を戦う決意を述べ、具体的にはアフガニスタンのタリバン政権に対して、ビンラディンとその共犯者たちを引き渡すか、さもなければ相応の結果を覚悟するようにと要求した。
このようにブッシュ大統領の演説の力点はもっぱらアルカイダにあったが、九月十一日のサダムの行動などに関する断片的な情報が西側諸国の諜報機関に漏れ伝わり始めた。
最も注目されたのはチェコ共和国内務省のレポートで、同時多発テロ実行犯のリーダー格だったモハメド・アタが、事件の五カ月前にイラクの諜報部員と接触していたというのである。アタは二〇〇〇年夏にチェコに入国しようとしたが、ビザが不備だったためプラハで入国を拒否されていた。
ビザを取得しなおしたアタは二〇〇一年四月に再びプラハヘ入り、イラクの諜報部員アフメド・アル・アニと会ったのだという。

(本文P.10、11より引用)

 

 
 


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