星宿海への道
著者
宮本輝/著
出版社
幻冬舎
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2002/01
ISBN 4-344-00281-4
生命の絆の再生を描く 感動巨編の誕生!

異郷の地にて、姿を消した男。父の顔も知らぬ幼子をかかえた女と、兄を追う弟のたぎる想い。大阪、尾道、瀬戸内の島々でしだいに浮かびあがる色濃い人間模様。圧倒的抒情が貫ぬく最新長編。

第一章

人間の足跡どころか、いかなる生き物の足跡もない死の砂漠を歩いてみたことがおありでしょうか。
あれは恐怖と蠱惑が混ざりあって湧き出てくるある種の快楽といえるかもしれません。
振り返ると自分の足跡が風紋の上に長々と穿たれているというのに、前方にはただ果てしない砂漠と風紋だけしかない光景のなかにたたずんでいるのは、快楽という言い方以外いかなる言葉もみつからないようです。
立ち停まり、振り返り、熱い天を仰いだあと、誰もがもっともっと足跡を前方に刻みつけたくなるのですが、このまま朽ち果てるまで歩きつづけてしまいそうな恐怖を感じて自分を押しとどめることでしょう。
死の砂漠それ自体も、そこを永遠に歩きつづけたくなる人間というものも、やはり途轍もない何物かだといえるかもしれません。
私は去年の秋、中国・新彊ウイグル自治区のタクラマカン砂漠の西端をそうやって五百歩ほど歩きました。
それから約五十キロ南のカシュガル郊外の小さな村で、兄を見た最後の人物であるウイグル族の長老と逢ったのです。
丸い帽子を頭に載せた長老は、村の真ん中の回教寺院からカラコルム渓谷へと延びる道を指差し、お前のお兄さんは、わしの孫の自転車に乗ってこの道の向こうへ消えて行ったのだと言いました。
孫はまだ十歳だったから、自転車を売ってくれといって千元もの大金を渡されて、大喜びで家に走り帰った。
まさか自転車で高地の大平原を行き、国境を通過してクンジュラーブ峠を越え、パキスタンに行ってしまうはずはあるまいと我々は笑ったが、お前のお兄さんはそれきり戻っては来なかった、と。
その道は、死の砂漠とは違って、延々と豊かなポプラ並木に挟まれているのですが、青い霧がたちこめていて、私には夜明けの海のように見えました。
だからこそ、私はなぜ兄がここから引き返さず、カラコルム渓谷へとわけ入る道へと向かったのかが、ほんの少し理解できそうな気がしたのです。
たとえ五百歩でも自分だけの足跡を砂漠につけてみた私には、兄のなかの火が、ふいにどうしようもなく烈しく燃え盛っていったさまが、まざまざと見えたとでも言ったらいいのでしょうか。
私は無駄だとは思いながらも、ウイグル族の長老に、この道からでも星宿海へ行けるのかと訊きました。
長老は星宿海が何かも知りませんでした。私は紙に「星宿海」と書いて示してみましたが、ウイグル族の長老に漢字は読めませんでした。
カシュガルの公安警察から派遣された馬仲鳴さんは、瀬戸稚人という日本人観光客の失踪事件に政治的背景はないと結論を下していました。
それは中国の公安当局の結論でもあったのです。
しかし、兄が消えた地域は、中国とパキスタンとの国境に近く、西側はタジキスタンとアフガニスタンの国境とも接しているため、麻薬の密輸に関与しているのではという疑いを残していました。
とりわけアフガニスタンから流入してくる麻薬は、中国にとってもパキスタンにとっても厄介な問題だったのです。
ですから、兄がカシュガル郊外の村で失腺したとき、私の家にも、兄の勤めていた会社にも、日本の警察が、それも公安部の者と思われる刑事が何回も訪れ、兄の思想的背景も含めて、徹底的に調査をしたのです。
しかし、それらに関する疑念をいささかでも裏づけるものは出てきませ
んでした。
七千メートル級の峰々に取り囲まれたカラコルム渓谷にも、そこから北側のパミール高原にも、幾つかの少数民族が遊牧生活をおくっていますが、それらの人々の住む地域に行くためには、切り立った巨大な岩山と目もくらむ深い谷と、突然の気候の変化でどう流れを変えるかわからない激流を幾つも越えなければなりません。
そのための食料も持たず、装備もしていない人間が、無事にどこかの部族の住むところに辿り着くことは不可能でした。

(本文P.3〜5 より引用)

 
 


このページの画像、引用は出版社、または著者のご了解を得ています.

当サイトが引用している著作物に対する著作権は、その製(創)作者・出版社に帰属します。
無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。

Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved.