小美代姐さん花乱万丈
著者
群ようこ/著
出版社
集英社
定価
本体価格 1400円+税
第一刷発行
2002/12
ISBN 4-08-775233-X
花も嵐もひとつ飛び!?

芸を極め、恋に生きる大正生まれの人気芸者・小美代。あるときは駆け落ちし、またあるときは東京大空襲を潜り抜ける。どんなときでも明るく前向きに、激動の昭和を駆け抜けた女の感動的な半生記!

小学校卒業の巻

大正十四年、一月五日、浅草の長屋で、柳橋の見番に勤めている西村勝蔵とふじに待望の赤ん坊が生まれた。
勝蔵は見るからに粋な男で、ふじも浅草の美人画のモデルになるくらいの美貌だった。
夫婦にとっては六人目の子供であったが、上の五人の子供は流産か生後数か月でみんな亡くなっていた。
ふじは道楽者の亭主の吉原通いが影響しているのではないかと悩み、六人目を妊娠したときも毒気を持って生まれてはいけないと、医者に行って病気の毒消しになるといわれている栄養剤を打っていた。
「せめて六人目くらいは何とか育ってもらいたいんだけど……」
ふじは産婆のウメさんにこぼした。
「心配するこたあないよ」
いちおう妊婦を励ます立場のウメさんはそういってふじを元気づけたが、彼女自身も、(今度こそは元気に育ってもらいたいもんだ)と願っていた。
「それにあんた、厄年だから、一度捨てないといけないね」
母親が厄年のときに生まれた子は、一度捨てて拾ってもらうと丈夫に育つという言い習わしがあった。
百五十センチで三十八キロもない小柄なふじだったがとても安産だった。
たった二息みで生まれた。
そのうえ、この世に出てきたのは、見るも見事なころころとした赤ん坊だった。
「こりゃまた、まあ。一貫三百目以上あるよ」
とウメさんは取り上げたばかりの赤ん坊を見て目を丸くした。
拳をぎゅっとにぎり、元気よく泣く女の子だった。
普通、生まれたての赤ん坊は猿みたいにしなびているのに、この子はぷりっぷりとしていて、生まれたてにもかかわらず、すでに何か月かたったかのような体つきをしていた。
「こりゃまた、まあ」
あわてて赤ん坊を湯につかわせようとしたが、体が大きいもんだから体全部が湯につからず、盥に入れるにも縦にしたり横にしたりとひと苦労だった。
「あたしゃね、これまで千人から取り上げてるけどね、こんなに大きい子は二人目だよ。おまけにもう一人は男の子だったし。東の大関、西の大関が揃ったねえ。お母さんの力よりも、赤ん坊の生まれたいっていう力のほうが大きかったんだねえ。こんなに大きいのにお産が軽いなんて、生まれたときから親孝行な子だよ」
ふじはまじまじと赤ん坊を見た。
今までの子と全く違う大きさだった。
「でもこれじゃ、女相撲になんなきゃならないかしらねえ」
ふじはそういって笑いながら、女相撲でもいいから、元気で大きくなって欲しいと心の底から願った。
「一貫三百か、あっはっは」
勝蔵はふじの横に寝ている赤ん坊を見て、大声で笑った。
「女相撲か。ま、それもまたいいやな。それにしてもよく十貫ちょっとのお母ちゃんの体ん中に、こんなにでかいのが入ってたなあ。こうやって寝てると、赤ん坊がお母ちゃんを産んだみたいだ」
彼は上機嫌だった。
子供が生まれるたびに大喜びし、亡くなるたびにがっくりと肩を落とした。
夫婦はそれを五回も味わったのだ。
(今度こそは育て上げなければ!)
天井を見ながらふじは決意を新たにした。
とにかく言い習わしに従い、赤ん坊を一度捨てなければならない。
ふじの母親が赤ん坊を抱いて観音様に行き、横に置いてある椅子に座らせてきた。
そこへ頼んでおいた隣の駄菓子屋のおばさんがすぐにやってきて、家に連れて帰り、捨てる儀式は無事に終了した。

(本文P.7〜9より引用)

 
 


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