邪光
著者
牧村 泉
出版社
幻冬舎
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2003/02
ISBN 4-344-00289-X
第3回ホラーサスペンス大賞 特別賞受賞作 少女が鈴を鳴らす時、血なまぐさい殺人事件が起こる。

黎子は狂信的な新興宗教の教祖のひとり娘。多発する殺人事件の現場には、いつも黎子の姿が__。刑務所の母親に代わり粛正をしているのか。第3回ホラーサスペンス大賞、特別賞受賞作!

 

プロローグ

光、ていうても、皆さんが想像しはるようなのとは違います。
ちょうど富士山のご来光みたいに、あたりをぱあーっと明るう照らしだして、何やしらん、見てるだけで心が洗われていくような。
夢やら希望やら正義やら、そういう晴れやかで前向きな言葉を思い起こさせるような。
そんな、気持ちのええのがほんまの光です。
わたしらが赤光と呼んでるのがそれです。
そおら、赤光の美しいこというたら、刑事さんにも見せてあげたいぐらいや。
赤光を持ってる人は、ほんまに少ないです。
そんな人、わたしは今までちょっとしか見たことがない。
兆しが感じられる程度の人には仰山お目にかかりましたけど、ほんまに素晴らしい赤光持ってはる人見たんは、片手の指で足るぐらいやと思います。
あの人らのこと思うと、今でも胸がぽおっと温とうなってきます。
どの人にも、会うた瞬間圧倒されました。
まるで闇を払うみたいに、そこだけきらきら眩しゅう輝いてて、遠くからでもそれとわかる。
その場でひれ伏して、拝みとうなるほどです。
さすがにいきなり拝みはしませんでしたけど、気分が滅入ったときにはわざわざその人らのところに出かけていって、こっそり赤光を眺めさせてもろうたことはありました。
は?その人らですか?
みんな、そんな偉い人やありません。
権力を笠に着たりとか、居丈高な物言いしたりとか、当たり前やけどそういう人はひとりもいませんでした。
街のハ百屋のおばさんとか、茶髪の、いかにも今どきの女子高生いう感じの娘とか。
そういうたら公園で寝てるホームレスにも、赤光持ってる人はいましたで。
そやけど誰も自分が赤光持ってるやなんて、これっぽっちも気づいてはらへんかった。
わたしらがほんまにすごいなあて思たのは、実際、そこのところです。
つまりほんまに素晴らしい人は、自分が素晴らしいという自覚もなしに、淡々と市井で生きてはるんです。
見習わなあかん、わたしらもいつかあんな美しい赤光を、この身の内に抱く人間にならなあかんのやて、何度も話し合うたもんです。
結局それも今となっては、叶わぬ夢になってしまいましたけどな。
─ああ、邪光の話をせなあかんのやった。
すみません、つい話がそれました。
何しろ邪光の話するより赤光の話してた方が、百倍も千倍も楽しいもんやから、ついついそっちの話したなるんです。
邪光は赤光とは違います。
最初にお話ししましたように、邪光は光ではありません。
赤光とつりあう言葉を探してるうちに、いつのまにやらそう呼ぶようになっただけや。
あれを光と呼んでしもたら、ほんまは赤光に申し訳ないんですけどな。
邪光は綿みたいな感じです。
それも、汚れきった、どす黒い、気味の悪い綿。
ほれ、昔は着物の裾に、細う綿を入れてましたやろ。
あれ枇綿ていいますねんけど、あのふき綿
を、春の霞みたいに薄う引き伸ばして、それを墨に浸して真っ黒にしてから、たっぷり挨やら塵
やらをまぶしつけたような感じです。そんな械らしい綿みたいなもんが、人の顔とか胸のあたりに幾重にも渦巻いてたら、それを邪光とわたしらは呼ぶんです。
でも正直言うて、あれを見たことのない人には、あれのほんまの怖さはわかってもらえへんと思います。
今わたしが言うた例えにしたかて、あれの禍々しさの百分の一も、伝えることはできませんやろ。
あれはほんまに邪悪なもんです。こう背筋がぞわぞわして、いてもたってもおられん気持ちになってくるんです。
あれはどぶ川の臭いがします。
あれは、髪の毛を燃やしたときの臭いもするし、死んで腐っていく水子の臭いもします。
ぬるんだ、息が詰まるような、粘り気のある臭いです。
それに、あれは動きます。
もぞもぞとうごめきよるんです。ほぐしてほぐして霞みたいにばらばらになった綿の繊維のひとつひとつが、意志を持って鎌首をもたげてきよります。

(本文P.5〜7より引用)

 

 
 


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