知の挑戦 科学的知性と文化的知性の統合
著者
エドワード O.ウィルソン/著 山下篤子/訳
出版社
角川書店
定価
本体価格 2200円+税
第一刷発行
2002/12
ISBN 4-04-791430-4
科学的知性と文化的知性の統合 20世紀米国最後の知的巨人E.O.ウィルソン、渾身の一冊!

アリの生態から人間の霊性、神の存在にいたるまで、本書は難解な領域に挑みつつ、一般的読者にも充分わかる明快さで書かれた、超一流科学者による、科学読み物の域を越えた画期的な一冊。

私は自分が統一された知識という夢に心をとらわれた頃のことをよく憶えている。それは一九四七年の初秋、モービルの家からタスカルーサのアラバマ大学にもどり、二年生の新学期をむかえた十ハ歳のときだった。
若い意気に燃えながらも、まだ理論や洞察に欠ける生物学者の卵だった私は、生まれ育ったアラバマ州の森の奥や清流沿いを一人で歩きまわり、肩かけかばんに入れた図鑑で自然誌を学んでぎた。
その頃の私は科学というものを(いまでも心のなかではそうなのだが)、アリやカエルやヘビの研究を指すものだと思い、戸外に身をおくためのすばらしい方法だと思っていた。
私の知的世界は、近代生物学の分類法をあみだした一ハ世紀スウェーデソのナチュラリスト、カルロス・リンネゥス(リンネ)によってかたちづくられた。リンネの体系はとても簡単だ。
まず、植物や動物の標本を「種」に分ける。
それから、たがいに似ている種をまとめて「属」というグループにする。
たとえばカラスをすべて、あるいは樫をすべてまとめてグループにする。
次にそれぞれの種に、二つの部分からなるラテン語名(学名)をつける。
たとえばウオガラスの学名はコルヴス・オシフラグスCoruvs ossifvagusといい、コルヴスは属名(カラスの全種を含むカラス属)、オシフラグスはウオガラスを示す。
さらに高次の分類として、似た属は「科」にまとめられ、似た科は「目」に、目は「綱」にまとめられ、最後は最上位の六つの「界」植物界、動物界、菌界、原生生物界、モネラ界、古細菌界にまとめられる。
これは軍隊に似ている。
男性が(近ごろでは男性と女性が)まとまって分隊になり、分隊が小隊に、小隊が中隊にまとまり、最終的に統合参謀本部に率いられた軍隊となる。
言うなれぽ十ハ歳の知性にむいた概念の世界だ。
私はそのときすでに、一七三五年当時のリソネのレベルに達していた。
いや正確に言えば(なにしろその頃の私は、スウェーデソの大御所のことをほとんど知らなかったのだから)、一九三四年当時のロジャー・トーリー・ピーターソンのレベル、すなわちこの偉大なナチュラリストが『鳥類図鑑』の初版を出した時点のレベルに達していた。
それでもリンネの分類に親しんだあの時期は、科学者としていい出発点だった。
中国のことわざにもあるように、知恵にいたる第一歩は、物事を正しい名前で把握することだからだ。
そして進化というものを知った。突如として、世界をまったく新しい角度から見るようになったのだ。
この啓示をえたのは、私の指導教官だったラルフ・チャーモックという、昆虫学の博士号をたずさえてコーネル大学から着任したばかりの、若く熱心なチェーソスモーカーの助教授のおかげだった。
チャーモックは、アラバマ州のアリを残らず分類するという、壮大な目標を語る私のおしゃべりにしばらく耳を傾けたあと、一九四二年に出たエルソスト・マイアーの『系統分類学と種の起源』を私に手渡し、本物の生物学者になりたいのならこれを読みなさいと言った。

 

(本文P.8、9より引用)

 

 
 


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