やっとかめ探偵団と鬼の栖
著者

清水義範

出版社
実業之日本社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2002/08/20
ISBN4-408-53422-6
親子三人の失踪事件発生。一家の幼児は両親から虐待されていたらしい─。大人になりきれない人間と、人生経験豊かな名古屋の婆ちゃん探偵が対決する。 <<<どえりゃー、おそぎゃあ 事件だがね!>>>>

名古屋の下町にある菓子屋・ことぶき屋は、店主の波川まつ尾の気さくな性格にひかれ、近所の婆ちゃんのたまり場となっていた。常連の一人が近所のアパートの一室に不審を抱く。その部屋の夫婦と息子の一家三人が失踪。五歳の子供は虐待を受けていたらしい。まつ尾はやはり常連の鷺谷刑事に相談し、自らも婆ちゃん達と調査に乗り出す。やっとかめ探偵団の出番である。大人になりきれない人間と、人生経験豊かな婆ちゃん探偵が対決するオールドパワー・ミステリー。

第一章

子供の泣く声

以前、ケーブルテレビのチャンネルの中に、「NNN24」という局があった。
日本テレビ系列のニュース専門チャンネルだ。
その局が深夜に、「ふるさとニュース」という番組をやっていたのだが、これは、日本各地のローカル・ニュースを並べて見せてくれるものだった。
具体的に言うと、福岡のニュースと、大阪のニュースと、名古屋のニュースと、札幌のニュースが続けざまに流れる。
さてそこで、福岡のニュースと、大阪のニュースは、いわゆる普通のニュースである。
その地方であった事件や事故やイベントのことなどを伝えてくれる。
札幌のニュースも、まあ普通だが、不景気な話題がやけに多い。
そしてもうひとつの名古屋のニュースなのだが、よほどの大事件が名古屋近郊であった時はそれをやるけれど、ほとんど毎日、ニュースとは思えないような話題ばかり取り上げているのである。
その話題とは、新しくできて人気になっているうまい店(しかも安い)のことだ。
激安ツアーとか、安い食べほうだいの店のこともよく取り上げられる。
つまり、安くて、うまくて、ものすごー得、という情報ばっかり毎日やっているのだ。
名古屋人とは何なんだろう、ということをつい考えてしまうおそるべきエピソードであろう。
たとえば内閣改造なんてのは、名古屋人にとっては東京のニュースであり、名古屋のニュースは、安くてうまくて得な店の情報なのであろう。
そらそうだわさお前さん、自分たちが得することが自分らあのニュースだぎゃあ、というのが名古屋人の思想なのである。
さて、そういう名古屋の、名古屋駅の南西に広がる中川区に、ことぶき屋というお菓子屋があった。
いかにも名古屋の下町という風情の住宅街の一角、風呂屋(東京人は普通、銭湯という言葉を使う)の向かいの角地にその店はあった。
古い大きな木造の家があって、その一階の角っこの小さなスペースがことぶき屋である。
一階のそれ以外は、もと農家をしていたという大家の住む部分だ。そしてその家の二階は、四畳半一間で風呂もないという六部屋の貸し間になっていた。
ことぶき屋の主人は波川まつ尾という、七十四歳の婆ちゃんである。いつまでたっても七十四歳ぐらいという、なかなか老けない女性であった。
その波川まつ尾は、店の二階の貸し間のひとつを借りて、日常はそこに寝泊りしていた。
近くに、彼女が親代りになって育てた子(実は兄の子)の波川広治の住んでいる家があり、そこにはまつ尾の部屋がちゃんとあるのだが、夜遅く店を閉めてからそこへ帰るのも面倒だし、物騒だし、というのでただ寝るだけの一部屋を借りているのだ。
七月に入って、関東より一足先に梅雨があけて暑さが本格的になり始めた頃、夜の十一時にまつ尾はその部屋で週刊誌を読んでいた。
文机の前にぺたんとすわり、老眼鏡をかけての読書タイムであった。
普段は十二時ぐらいまで店を開けていて、寝るのが一時頃という生活なのだが、その日は在庫処分の安売り日で、商品がよくはけたので十時に店を閉めたのだ。
その日は風呂屋が休みなので夜遅く牛乳やアイスを買う人が少ない、というのも早じまいした理由だった。
どこからか、子供の泣き声がきこえてきた。
小さな女の子の、悲鳴のような泣き声だった。
むずかっている様子で、時々、ギャーッと声が大きくなる。激しく叱られてでもいるような感じだった。
まつ尾は週刊誌を机の上に置いて顔をあげた。
子供の泣き声に耳を傾け、老眼鏡をはずす。
そういえばこの頃、この泣き声がちょいちょいきこえるなあ、とあらためて認識した。
親に叱られて泣きわめくような女の子の声が、時々きこえるようになっていたのだ。
貸し間のひとつに、新しい住人が越してきたのだろう。
四畳半一間の下宿屋のようなところなので、学生とか独身の工員とかの独り住まいの者が多いのだが、まれには子供がまだ小さい夫婦者なども住むのだ。
そういうところで、子供が親に叱られて泣いているのだった。
泣き声はだんだん弱くなっていったが、なかなかやまなかった。
幼い女の子の泣き声をききながら、まつ尾はふと、遠くを見るような顔つきになった。
工ーンエーンと子供は泣く。
何が悲しくてそんなに泣くのか。
それとも、泣くのが小さな子供の仕事なのか。
その泣き声にいざなわれて、まつ尾の思考は遠い昔へと遡っていった。
幼い子は母を求めて泣く。
母に抱かれていなければ、生きていることさえおそろしくて、泣くよりほかにできることがないのだ。
いつもは陽気な光をはなち、知的な深みさえたたえているまつ尾の両眼に、うっすらと涙がにじみ出していた。遠い昔のせつない思いが、女の子の泣き声で呼びさまされてしまったのだ。
ずずっ、と鼻をすすり、手で涙をぬぐいとると、まつ尾は蒲団を敷くために、よっこらしょ、と立ちあがった。

(本文P.8〜11より引用)

 
 

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