大沢在昌
25
組本部に戻るという原と別れ、西野は四谷三丁目のワンルームマンションの前で車を降りた。 一階の喫茶店はすでに閉店し、入口の前には、見覚えのある芳正会のやくざが二人立っていた。 どうやら見張り兼ボディガードとしてそこに詰めているらしい。 部屋に入ると、西野は濡れた衣服を脱ぎ、バスルームにとびこんだ。 迎えにきた車は、ずぶ濡れの人間を運ぶという指示を前もってうけていたのだろう、レジャーシートが後部席にしきつめられていた。 熱いシャワーを浴び終え、携帯電話を手にした。 拳銃を馬に奪われたことを、時岡に知らせなければならない。 かけてみたが、つながらない。 留守番電話サービスに、 「あとでまたかける」 とだけ吹きこみ、西野は切った。 ベッドに横たわった。 泥のような疲れを全身に感じた。この二十四時間に起こったできごとが、どれも悪い夢のようだ。 目を閉じた。 いいわけしながら生きている一馬の言葉が耳にこびりついていた。 いいわけなんかしちゃいない、いいわけをするというのは、罪を逃れようという人間がやることだ。 むしろ俺は自分を罰したいんだ─胸の中で反論した。 だがそうなのか。 本当にそうなのか。 馬の指摘は的外れのようで、実は正確に自分の心を射抜いたのではないか。 俺は俺の犯した殺人を許していない一方で、また同じような奴と出会ったら殺すべきだと考えている。 そうだ。もしいいわけをした、と責められるのなら、あのあと口にした言葉こそが、いいわけだった。 楽しみのために人を殺す人間は、生かされておくべきではない。 それはつまり、人の命が等価ではない、ということだ。 殺人者の命と被害者の命は等価ではない。 法においては等価である命も、その法を用いた裁判では、明らかに価値をちがえる。 殺人者の命を奪った自分は、その裁判にすらかけられることなく放免された。 だがそれは、自分の行為が正しかったからではない。 法を執行する側の警察という組織に所属していたからに過ぎない。 つまり、警察が警察を守ろうとする防衛行動の及ぶ範囲に、たまたまいたから助けられたのだ。 この次はちがう。 同じことをしても、警察は自分を救わないだろう。 それを知って、自分はこの捜査に携っている。 電話が鳴った。時岡からかと思い、ひき寄せた。 原だった。 「今、本部に着いたところだ。お前と俺のチャカ、届けられていた。とぼけた真似しやがるぜ」 「使っていなかったか」 「弾丸は残っていた」 「工藤とは話したのか」 「まだでかけていて、戻られない。マニラチームを潰せという、馬の条件は話すつもりだ。そっちはどうだ」 「疲れたな」 本音を吐きだした。 「そりゃあそうだろう。俺もくたくただ。体中が痛い。しばらくこっちで仮眠をとって、オヤジが帰ってくるのを待つ。今日はもう動かねえのだろ」 「ああ」 「明日また連絡する」 いって、原は電話を切った。
(本文P.3〜5より引用)
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