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●マガジンハウス担当編集者から
9月のある日、渋谷の『スタバ』でコーヒー&チーズケーキしてる最中、アメリカではビルに飛行機が突っ込んだ。
ならば、私はここ東京で夢を記憶しよう、男の家を夜毎、泊まり歩きながら!
《テロ》《空爆》に反対も賛成もせず、《愛する人》を思い描きながら、ささやかに抵抗することで、世界平和へのアプローチを提案する「東京難民生活」スーパー・エッセイ。
●内容
2001年9月11日アメリカで起きた同時多発テロ事件をきっかけに、泊まり歩きプロジェクトを始めた23歳の女の子の決意の記録。日常生活を続けながら、ただ他人の家を泊まり歩くことで《戦争》と向き合い、まだ見ぬ恋人を思うことで未来に《夢》をつないだ一個人の《世界平和》へのアプローチが、ここには描かれている。多くの人が手をこまねいて見ているしかなかった状況のなか、東京の片隅で一人ひっそりと立ち上がった著者のメッセージが切ないほどに溢れている。この中で記録されているのは、日々のディディールと戦争の記録と毎夜の夢。《空爆》の下で眠る人々を意識しながらのこの東京生活は、実に平和でやさしさに満ちているが、逆にそこには描かれなかった異国の風景が浮かび上がる。《空爆》や《テロ》についてはさまざまな考えの方がおいでだと思うが、戦禍に遭われた人々、一人一人の《夢》に思いを馳せることも一つの方法かもしれない。……「あなたの夢は何ですか?」
●著者紹介
1978年東京生まれ。97年より「東京アナログ化計画」をフカサワカズヒロと発足。以来、絵、小説、映像など領域融合的な創作を行う。
98年より漫画「爆弾娘の憂鬱」シリーズを「H」「コミックHマンガカメラ」(rockin'on)に発表、99年同作品のミュージカルアニメーション映画(音楽:丈和)が水戸芸術館「'99水戸短編映像祭」水戸市長賞を受賞。2000年同作品英語版「Bombastic
Melancholy♪Sweet Rediation♪」は「2000 Russian Animation Film Festival」に招待され、「San
Francisco Independent Film Festival」「AjijicFestival International de Cine」等で公開された。また、同シリーズで「NTTオンラインコミックコンテスト」優秀賞を受賞している。専攻は学際情報学、コンピュータ・アーキテクチャ。著書に「ネバーソープランド」(河出書房新社)、共著に「テロ以降を生きるための私たちのニューテキスト」(収録「三角関係
a LOVE Triangle」角川書店)、装画に「メタフィクションの思想」巽孝之著(ちくま学芸文庫)がある。
→ http://www.homesickless.org/
【お知らせ】
『空爆の日に会いましょう』のPDAバージョンが新登場!
発売は8月29日、定価700円の超お得価格です。
売ってるところは「ザウルス文庫」。
シャープのザウルスはもちろんのこと、PocketPCでもPalmでも読めるPDAブックです。
→ 著者 小林エリカさんのインタビュー

ある時、私はこんな話を聞きま七た。
私の友人のAちゃんは幼い頃から何度も繰り返し繰ヶ返し、赤色の鳥が空を飛んでいる夢を見ていたそうです。
Aちゃんがその夢のことを恋人に話したところ、その恋人も幼い頃から繰り返し繰り返し赤色の鳥の夢を見ていたのだそうです。
Aちゃんは昨年結婚して、パリヘ行きました。
Aちゃんが今、どこで、何をやっているのかは、知らないし、私にはこんなロマシチックな出来事はちっとも起こる様子はありません。
9月のある日、渋谷のスターバックスコーヒーでコーヒーを飲みながらチーズケーキを食ぺている最中に、アメリカではピルに飛行機が突っ込みました。
その時、私はふと、Aちゃんのこと、赤色の鳥の夢のことを思い出しました。
それと同時に、私はなぜか、強迫的に、ピルの中で、飛行機の中で死んだ人の中に、私と同じ夢を繰り返し見つづけている誰かがいるのかもしれない、と、とてつもない不安に駆られたのです。
私は、世界のどこかで、まだ見ぬ土地で、私と同じ夢を見ているかもしれない誰かが死んでいるのだ、と、確信的に思ったのです。
そしてその誰だかわからぬ愛する人と私は、永遠に出会うことなく、永遠のはなればなれだと、衝撃的に理解したのです。
けれど、私は日本の東京にいて、あいもかわらずスターバックスの木の椅子に腰掛けたまま、涙を流すでもなく、笑うでもなく、あいもかわらずコーヒーを飲みつづけ、チーズケーキを食べつづけているのです。
私はなにもできずにただぼんやりとしているのです。
それどころか、明日の朝ご飯や、セックスをしようかしまいかを悩んだりしながら、そのことさえも忘れてしまったようなのです。
その時、私が夢を見るときのこと、私と同じ夢を見ているかもしれない誰かが誰かにって殺されて死ぬときのことを、記憶してゆかなくてはいけない、と、思ったのです。
それと同時に、世界が、私の周りの世界が、全部のテレビが戦争ばかりになっても、私は夢を見続けることを忘れないようにしようと決心しました。
私は東京の男たちのウチヘ泊まりに行くことで、ウチではない場所で眠ることで、何かを忘れないことを試みようと思うのです。
それは、修学旅行の夜のようでもあるし、お通夜の夜のようでもあるのでしょう。
どこかに落ちてゆく爆弾は、まだ見ぬ愛する誰かを殺すのでしょう一ならば私は、日本の東京にいて、不確実な空爆や戦争のニュースに踊らされながら、この場所で、爆弾になろう。
誰かどこかの男のところへと落ちてかく爆弾です(至って大迷惑な垢話ですが)。それで、場所と共に記憶するの。夢を記録するの。
ただ、その時に、セックスはしないよ。
戦争するなら、セックスしません。
みんな何かを「する」ということばかり言うけれど、何かを「する」ではなくて、積極的に何かを「しない」ことではだめなのかしら。
何かをすることは難しいけれど、何かをしないということなら、できるような気がする。
こんなふうにして私は、とてもとても個人的ではあるけれど、愛するかもしれない誰かが殺したり殺されたりしてしることに反対してかきたいと思うのです。
そして、たとえみんなが戦争のことぽかりをロにするようになってしまっても、私はそれを無視しつづけて、日常の巳々を続けてゆきたいと思うのです。
私一人が男のウチを泊まり歩いたからといって、何も変わりはしないし、戦争だって誰かが殺したり殺されたりすることだって、ちっとも終わりはしないだろう、と言われるかもしれない。本気なら地雷を掘りに行ったり、お金を寄付したり、医者になったりすればいいじゃない、と言われるかもしれない。
けれど、それだけではない方法は、ないのかしらと思うのです。目の前の何かをはじめることはできないのかしらと思うのです。
いつかみんなが助け合えば、いつかみんながお金を寄付すれば……いつかみんなが殺したり殺されたりをしなければ、いつかみんなが戦争をやめれば、いろんないろんな仮定や空想ができるでしょう。
けれど、私はその「いつかみんなが」をもう待ちくたびれてしまったのです。
私はただとてもとても単純に、愛するかもしれない誰かが死んでいる瞬間にもその「いつか」を待ったままなす術なくただぽんやりと立ちすくんでいるだけしかできないことが、とても哀しいだけなのです。
それは、夢のような「いつかみんなが」がくれば素敵でしょう。
けれど、もしその「みんな」がきっとこなくても、私とあなただけなら、少なくとも今日にも明日にもありえるのではないかしら。
私は活動家でもないし、運動家でもない、日本の、ごくごく平凡な23歳の女の子です。きっと、私が、今、どこかでポックリ死んだとしても三面記事にすらならないような、小さな存在です。
ただ、そんな私にも、愛する人や、これから愛するだろう人が、いるみたい。
だから、泊まりにゆくよ。
私に会ったら、きっと、思い出すでしょ、空爆の日を。
ご飯を食べたら、きっと、思い出すでしょ、私のこととか、まだ見ぬ愛する人や夢のこととかを。
だからね、空爆の日に、会いましょう。
こうして、こんな風にして、私の優雅な日本の難民生活は、はじまり、はじまり。
(本文P1〜3から引用)
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