飛行少女 下
著者

伊島りすと

出版社
角川書店 
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2002/08/05
ISBN4-04-873381-8
16歳の子供たちに秘められた謎とは……。未だかつてないホラー大作!

16歳の子供たちはひとつの街に集まり始めた。まるで何かに引きつけられるかのように…。謎を追う女医・麗火が知ることになる、16歳たちの秘密、その街に隠された歴史、そして、すべてを覆う衝撃の真実とは!?新感覚のファンタジック・ホラー。衝撃と感動の結末。

第四章 神隠し

25
 
十二月十二日

静岡県桜市

夢の中で、幼い拓人が両手で顔を覆っている。
「いない、いない」
「バアー」
拓人の顔のはずなのに、隠している手が開いたら羊の7子の青白い顔になっていた。
「いない、いない」
羊の7子がまたそうつぶやいて両手で顔を覆ってしまう。
今度は誰の顔?
はるか遠くから音が伝わってきた。
ベッドサイドの電話が鳴っていた。
「もしもし」
優介だった。
まだ夢のつづきを見ているような気がする。
顔を隠して手を開く。
立花麗火は幼いころ、その「いない、いない」がひどく怖かったことを思い出していた。
鳥肌が立っている。母親か、祖母か、それとも他の誰かか、手で自分の顔を覆ってしまうのだが、そのあとに「バア」と言ってあらわれる顔が、なぜか別人になってしまうような恐怖感があって、それをやられると「見たくない、見たくない」と叫んで逃げまわった。
いない、いない、バアー。
何があらわれるかわからない。
よく知った顔が隠されてしまって、
「バアー」
お化けがあらわれる。
「もしもし、義姉さん?」
「……ああ、ごめん」
ベッドサイドの子機を持ったまま寝返りを打った。
部屋の中は寒く冷えている。
受話器の向こうで優介は、朝早くて申しわけないんだけど至急相談したいことがあると言っていた。
起き上がって時計を見るとまだ八時前である。
どうやら彼はほとんど眠っていないらしく、やや興奮もしていた。
マリはまだ見付かっていないという。
ひどく思い詰めた様子だ。
こちらも昨夜はCTスキャン図とパソコン上の十六歳たちとにらめっこをしていてかなり眼が疲れていた。
「九時でいいっ一…」
「もちろん」
あのファミリーレストランで一緒に朝食をとることにして、麗火は受話器を置き、大きく伸びをしながら洗面所に向かった。
マリが帰らなかった。
やはり一緒に行ったほうがよかったのだろうか。だがいまとなってはどうしようもない。
一緒に行ったからといって、何かできたとも思えない。いまはひたすら彼女の行方がわかるのを待つしかないのだ。
ヒーターを入れた。
また猫が飼いたくなる。
お気に入りは、ロシアンブルー。
まず熱いシャワーを浴びた。ようやく頭がすっきりしてくる。
それから歯を磨き、顔にローションと保湿クリームを塗った。
躰がだるい。
以前はこういうときにはジムに行き、ひと泳ぎしたものだが、いまはその元気もない。
朝用のCDであるポール・デスモンドをかけた。ボサノバ。
デスモンドのアルトとジム・ホールのギター。パジャマの上にガウンをはおったまま少しぼんやりして窓の外を眺めた。
どんよりした曇り空。海も空も灰色に染まって海鳥だけが飛んでいる。
久しぶりに滝れ立てのコーヒーが飲みたくなってコーヒーメーカーから白いマグカップに薄いコーヒーをそそぎながら、昨夜遅くまでかかって整理してみたことを思い浮かべてみた。
ポール・デスモンド、スタン・ゲツツ、ジルベルト・ジル……。
ボサノバのゆったりしたリズムが思考の合間に流れていく。
急に思い立って、リビングの掃除をした。
ついでに台所の流しもピカピカに磨く。
冷蔵庫の中の、水分をなくしてしわしわになった野菜を片付け、換気扇のフィルターも替えた。
いっち、にー
いっち、にー
軽く体操。そして、高校時代から欠かしたことがない軽いバーベルの上げ下げとスクワットを少々。
これが長い手術にも耐えられる秘訣なのだと麗火は信じている。
「ああ、頭を切り替えなくちゃ。あたし最近すっごくクライ」

(本文P.6〜9より引用)

 
 

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