ニュースキャスター
著者
山川健一
出版社
幻冬舎文庫/幻冬舎
定価
本体価格 648円+税
第一刷発行
2002/02/25
ISBN4−344−40202−2
テレビ局と、そこに生きる 人々を描き尽くす ノンフィクション・ノベル

看板ニュース番組〈ナイトステーション〉の顔であり、名実ともにM1の超人気キャスターが抱える苦悩とは?長年の疲労、度重なる脅迫、仕掛けられた罠と圧力、生放送での殺人予告、別れられない恋人。しかし、男はすべてを抱え、夜十時カメラの前に立つ…。テレビ局と、そこに生きる人々を描き尽くすノンフィクション・ノベルの金字塔!

 

 

T 埋め込まれた異物

一九九四年、十月第二週月曜日、午後九時二十分。
間宮昇一は、新宿歌舞伎町の通りを歩いていた。
背広の上にコートを羽織り、両手をポケットに突っ込んでいた。
路肩には客待ちのタクシーが列を作り、歩道にはけばけばしいコートやジャケットを着て、短いスカートから脚を剥き出しにした女達が立っている。
コロンビアやイラン、香港や台湾や東南アジアからやってきた女達だ。
日本人は数えるほどしかいない.客引きの男達が交わす会話も、間宮には聞き慣れない中国語だった。
女達と視線を合わせるのが嫌で、間宮は自分の足もとばかりを見ながら歩いた。
間宮は電気関係の大学の夜間部を卒業し、技師としてこの九月中旬まで八年間主に金属加工機械のメインテナンスを請け負う会社に勤務していた。
係長だったが、先日上司に辞表を出し退職した。
その時には既に、拳銃を手に入れることを心に決めていた。
間宮は百七十五ヒンチあり、腕力も人並みにはあるはずだった。だが、アイツには到底かなわないだろうと
」思う。
ずんぐりしているが、休日の度にテニスに打ち込み体を鍛えることに余念のないアイツは、日に灼けたがっしりした体の持ち主で、まともにぶつかったら腕の骨ぐらいあっと言う間にへし折られてしまうだろう。
だから目的を遂げるためには、どうしても拳銃の力に頼る必要があった。
特に当てがあったわけではない。
だが、足は歌舞伎町へ向いていた。
通りにはキムチや安っぽい香水やカレー、体臭や小便の臭いが籠っている。誰かが、行く手を塞いだ。
革のジャケットを着た中国人風の男だった。
剃刀で削いだように眼が鋭かった。
それを見て、間宮は反射的にコートの内側で右手の人差し指と親指を立てて拳銃の形を作る。
そいつが日本語を理解するかどうか定かではなかったが、言ってみた。
「売ってくれないか」
男は一瞬すばしっこく眼を光らせ、間宮を睨みつける。
一瞬後、弾かれたように路地に姿を消した。
逃げられたかと思い通りを歩き始めた。
だが勘が働いた。
同じ場所へ引き返してみると、先ほどの外国人がコーラの自動販売機の陰から手招きする。
男は間宮に自分のジャケットのポケットを触らせた。
金属の感触が感じられる。
「ワルサー。弾、六発ツイテ、二十万円デイイヨ」
間宮がうなずき金を出そうとすると、男が遮った。
「ノー、ココハマズイ。コッチ」
男は先に立って、花園神社の境内のほうへ歩いていく。
大きな木の陰で周囲を見回し、ビニール袋に入れられた新聞紙の包みを見せた。
早くしろと言わんばかりに右手を突き出す。
間宮は男に背を向けて一万円札を数える。
喉から手が出るほど欲しかった拳銃がたった今手に入るのだと思うと、札を手渡す指先が震えた。
男は数えもせずに金をジャケットのポケットに振じ込むと、間宮のコートのポケットにずしりと重いビニール袋を押し込んだ。
間宮には理解することのできない言葉で短く何か言い、大通りのほうへ小走りに消えた。
間宮はJR新宿駅へ行き、逸る気持を抑えながら公衆トイレに入った。
ポケットからビニール袋を取り出し、新聞紙の包みを開けてみると、確かに銀色に光る拳銃が入っている。銃身には、”WALTHER PPK/S”と彫り込まれている。
だが、拳銃など手にしたことのない間宮にも、それがガン・マニア向けの偽物であることはすぐにわかった。
空気圧で小さなプラスチックの弾を発射するエア・ガンである。
頭に血がのぼった。
自分はあんな男にさえも小馬鹿にされたのだという思いが、間宮の顔を赤らめさせた。
発作的にエア・ガンでトイレの壁を力いっぱい殴ると、そこだけプラスチックでできている銃身が割れて砕けた。人差し指の関節をぶつけ、間宮は痛みに顔を歪めた。
二十分ほど、間宮はトイレの中で怒りが鎮まるのを待った。
間宮はそれから山手線で上野へ行った。
勝手を知った抜け道を通り裏通りを抜け、古びた病院の門の前に立ち止まった。
外来の受付時間はとうに過ぎていたが、磨ガラスの向こうの待合室には明りが点っていた。三階建てのそれほど大きな病院ではなかったが、門から玄関までは砂利を敷き詰めた道があり、両脇にはヒマラヤ杉の木が植えられている。
砂利を踏んで、間宮は玄関のほうへ歩いていった。
二年前にこの病院で鼠瞑ヘルニアの手術を受け、完治したと言われ二週間後に退院した。
だが肛門からニセンチほど糸が垂れ下がったままであった。
体内に異物感があり、それはおそらく、やがて溶けて消失すると言われた糸が残っているせいなのだと思った。再度病院を訪れ担当の医師に症状を訴えると、レントゲン検査をされ、何もない、正常だと突っ撥ねら
れた。
病院の玄関の前に立ち、そっとドアを押してみる。
鍵はかかっていなかった。
白い力iテンが引かれた受付の小窓をノックしようとした時、白衣を着た看護婦が足早にやってきて、間宮を見るとアッと小声を出した。
間宮が振り返ると、顔見知りの看護婦が顔をしかめていた。
(本文P.8〜12より引用)

 

 

 

 

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